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<title>KEIK～警句～</title>
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<description>ここの主はさすらい人。「２１世紀のラスコーリニコフ」を目指し、危険な論文をばらまいています。立ち向かう敵の名は「コミュニケーションの断絶」。さあ、戦いの始まりだ。</description>
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<title>自ラ詩ヲ選ブ</title>
<description>「私たちが孤独から体得するのは独りである術ではなく、唯一者である術だ」シオランまたもや詩。このくらいの地元意識はだれしもあるでしょうという。両国アリストクラシーその街の名は 両国芥川が学び 夢野が死を見た広小路 それは渋谷のよう夜をも照らす大花火だが楽園を悲劇が襲い 未来を奪い去った燃え上がる建物 人々の悲鳴忘れえぬあの日もはや世界の 中心ではない日本のギリシャ それが両国パルテノンなくとも 回向院讃えよ かつての栄華をその光は 天まで届くのか過去に消えた街 両国浪士が討ち入...</description>
<dc:subject>詩か、さもなくば死を、だ！</dc:subject>
<dc:creator>あしがる</dc:creator>
<dc:date>2009-05-31T14:03:12+09:00</dc:date>
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「私たちが孤独から体得するのは独りである術ではなく、唯一者である術だ」シオラン<br /><br />またもや詩。このくらいの地元意識はだれしもあるでしょうという。<br /><br /><br />両国アリストクラシー<br /><br />その街の名は　両国<br />芥川が学び　夢野が死を見た<br />広小路　それは渋谷のよう<br />夜をも照らす大花火<br /><br />だが楽園を悲劇が襲い　未来を奪い去った<br />燃え上がる建物　人々の悲鳴<br />忘れえぬあの日<br />もはや世界の　中心ではない<br /><br />日本のギリシャ　それが両国<br />パルテノンなくとも　回向院<br />讃えよ　かつての栄華を<br />その光は　天まで届くのか<br /><br />過去に消えた街　両国<br />浪士が討ち入り　海舟が暮らす<br />慰霊堂　それはエーゲの記憶<br />ハリカルナッソスの面影<br /><br />だが歴史は見捨てはしない　未来は勝ち取られた<br />そびえたつ世界樹　われらの電波塔<br />やがて来るその日<br />ついに世界の　中心となる<br /><br />日本のギリシャ　それが両国<br />アポロ巨像なくとも　力士たち<br />ひれ伏せ　歴史のない都市よ<br />その響きに　月も震えるか<br /><br /><br />こぼれ話：<br /><br />飛行機墜ちても　力士がクッション<br /><br />という一節を入れたかったけど入りませんでした。<br />古代世界七不思議のうちギリシャにあるのは四つですが、こちらにも本所七不思議が、なんと倍の八つ！もあります。<br />・・・え？何かおかしいって？<a name="more"></a>

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<title>神の存在の何百もの論証</title>
<description>リチャード･ドーキンスに教えてもらった無数にある神の存在証明です。原文はここから見れます。まったく頑張って訳したのに誰も興味を持ちやしない。98や116のように、生物学の場で挙げられる（そしてドーキンスが否定する）論証もあれば、ライプニッツやトマス・アクィナスが考えた証明も近いものがここに入ってます。とりあえず100まで全訳して、その後は面白いものを抜粋。特に好きなのは129と139。英語が拙いのは、練習も兼ねてということで納得してもらえれば。長いので別リンク。</description>
<dc:subject>得意分野（かもしれない）神話、宗教、伝説</dc:subject>
<dc:creator>あしがる</dc:creator>
<dc:date>2009-05-20T02:28:21+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
リチャード･ドーキンスに教えてもらった無数にある神の存在証明です。原文は<a href="http://www.godlessgeeks.com/LINKS/GodProof.htm" target="_blank">ここ</a>から見れます。<br />まったく頑張って訳したのに誰も興味を持ちやしない。<br />98や116のように、生物学の場で挙げられる（そしてドーキンスが否定する）論証もあれば、ライプニッツやトマス・アクィナスが考えた証明も近いものがここに入ってます。<br />とりあえず100まで全訳して、その後は面白いものを抜粋。特に好きなのは129と139。<br />英語が拙いのは、練習も兼ねてということで納得してもらえれば。<br />長いので別リンク。<a name="more"></a><br />神の存在の何百もの証明<br />旧名：神の存在の三百以上の証明<br />フォーラム「ネット上の不信心者たち」のオリジナルから作成した。<br /><br />1.超越論的論証、またの名を全仮定説論者<br />(1)もし根拠が存在するなら神は存在する。<br />(2)根拠は存在する。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />2.宇宙論的論証、またの名を第一原因論<br />(1)何か事物は原因がなければならないとするなら、それは原因がある。<br />(2)宇宙にも原因がなければならない。<br />(3)それゆえ、宇宙には原因がある。<br />(4)それゆえ、神は存在する。<br /><br />3.存在論的論証Ⅰ<br />(1)私は神をXと定義する。<br />(2)Xについて考えられるゆえに、Xは存在しなければならない。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />4.存在論的論証Ⅱ<br />(1)私は完全である神を考え付くことができる。<br />(2)完全性の特性の一つは、存在していることである。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />5.様態の存在論的論証<br />(1)神は必要か不必要かのどちらかである。<br />(2)神が不必要でないなら、それゆえ神は必要でなければならない。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />6.デザインに基づいた論証、またの名を目的論的論証<br />(1)世界を、宇宙を、キリンを観察してみるがいい。複雑ではないか？<br />(2)神だけがそれらをそこまで複雑に造ることができた。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />7.美に基づいた論証、またの名をデザイン、目的論的論証Ⅱ<br />(1)あの赤ん坊、夕暮れ、花、樹木は美しくないか？<br />(2)神だけがそれらをそこまで美しく造ることができた。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />8.奇跡に基づいた論証Ⅰ<br />(1)私の叔母はガンだった。<br />(2)医者らは彼女にあらゆる恐ろしい治療を施した。<br />(3)私の叔母は神に祈り、今やガンは快癒した。<br />(4)それゆえ、神は存在する。<br /><br />9.道徳的論証Ⅰ<br />(1)X氏は有名な無神論者で、道徳的に他の人たちより劣っていた。<br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />10.道徳的論証Ⅱ<br />(1)私の若いころ私はののしり、飲み、煙草を吸い、博打を打ち、子供をいじめ、盗み、殺し、おねしょをするろくでなしだった。<br />(2)すべては今や変わり、私は宗教的になった。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />11.創造に基づいた論証、またの名を個人的懐疑に基づいた論証<br />(1)もし進化論が誤りで、創造論が正しいなら、それゆえ神は存在する。<br />(2)私にはそれを理解する能力がないために、進化論は真実ではありえない。そのうえその真実性を認めることは私にとって不快である。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />12.恐怖に基づいた論証<br />(1)もし神が無ければ我々はみな死後存在しないことになるだろう。<br />(2)私にはそれは恐ろしい。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />13.聖書に基づいた論証<br />(1)[任意の旧約聖書の一節]<br />(2)[任意の新約聖書の一節]<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />14.知性に基づいた論証<br />(1)見よ、あなた達愚かな無神論者にすべての事物を説明しようとするつもりは私にはまったくない。それはあなたが理解するにはあまりに込み入っている。神はあなたが好むと好まざるとにかかわらず存在する。<br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />15.無知に基づいた論証<br />(1)オーケイ、俺はあんたみたいに頭いい奴のふりはしないぜ。あんたは見た感じ読むのが得意だ。でも俺が聖書を読むと、あんたの言うことは何も俺に神の不在を信じさせることができないぜ。俺は彼を心の中に感じ、もしお前が彼を人生の中に求めるならお前もそう思えるはずだ。「神は世を深く愛してご自分の独り子を与え、だれでも彼に信仰を働かせる者が滅ぼされないで、永遠の命を持てるようにされたからです。」ヨハネによる福音書第三章十六節。<br />(2)それゆえ、神は存在するんだ。<br /><br />16.信念に基づいた論証<br />(1)もし神が存在するなら、私はその方を信じるべきだろう。<br />(2)私は神を信じる。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />17.脅しに基づいた論証、またの名をトルケマダのトマスの論証<br />(1)あの火あぶりが見えるだろ？<br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />18.親に基づいた論証<br />(1)ぼくの母さんと父さんが神様はいるって言うんだ。<br />(2)だから、神様はいるんだよ。<br /><br />19.数に基づいた論証<br />(1)何億もの人が神を信じている。<br />(2)彼らみんなが間違ってるなんてことはないだろう？<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />20.不条理に基づいた論証<br />(1)マラナタ！（われらの主よきたりませ！）<br />(2)だから、神は存在する。<br /><br />21.節約に基づいた論証<br />(1)神は存在するんだ、この野郎！<br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />22.ボートライトの論証<br />(1)ハ、ハ、ハ！<br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />23.ドレ（フランスの画家）の論証<br />(1)薬を飲むのを忘れちまったよ！<br />(2)だから、俺はキリストだ！<br />(3)だから、神は存在する。<br /><br />24.熟練に基づいた論証<br />(1)エリック・クラプトンは神だ。<br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />25.インターネットの権威に基づいた論証<br />(1)神の存在についてうまく議論しているウェブサイトがある。<br />(2)これがURLだ。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />26.不可解さに基づいた論証<br />(1)Flabble glurk zoom boink blubba snurgleschnortz ping!<br />(2)これまで誰も(1)を論駁できなかった。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />27.アメリカの福音主義に基づいた論証<br />(1)神の存在を人々に話すことは俺をすげえ金持ちにしてくれる。<br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />28.ミッチェルの論証<br />(1)キリストの教の神は存在する。<br />(2)それゆえ、すべてのキリスト教の神の存在を仮定しない世界観は間違っており不可解である。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />29.盲目に基づいた論証Ⅰ<br />(1)無神論者たちは霊的に盲目である。<br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />30.盲目に基づいた論証Ⅱ<br />(1)神は愛である。<br />(2)愛は盲目である。<br />(3)スティービー・ワンダーは盲目である。<br />(4)それゆえ、スティービー・ワンダーは神である。<br />(5)それゆえ、神は存在する。<br /><br />31.無謬でないことに基づいた論証<br />(1)人間の理論はそれぞれ固有な欠点がある。<br />(2)それゆえ、ある主張に異議を唱えられる合理的な手段はない。<br />(3)私は神の存在を主張する。<br />(4)それゆえ、神は存在する。<br /><br />32.自己満足に基づいた論証<br />(1)神は存在する。<br />(2)信じようと信じまいとゴチャゴチャ言うんじゃねえ。考えてみるよりも行動の方が大事なんだ間抜け野郎。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />33.メタ自己満足に基づいた論証<br />(1)バカヤロー。<br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />34.しるしに基づいた論証<br />(1)もしあなたが自身の頭を横に向け目を細めるなら、あなたはあのトルティーヤの中にあごひげの生えた顔の像を見ることができるでしょう。<br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />35.スラザーの論証<br />(1)私のトースターは神だ。<br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />36.不完全な大量破壊に基づいた論証<br />(1)飛行機が墜落し143人の乗客と乗務員が死んだ。<br />(2)しかしある子供が第三度の火傷だけで生き残った。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />37.可能な世界に基づいた論証<br />(1)もし事物が過去異なっていたのなら、現在は違うものになるだろう。<br />(2)それは悪いものであろう。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />38.真摯な意志に基づいた論証<br />(1)私は絶対に神を信じる！私は絶対に神を信じる！私は絶対に絶対に絶対に絶対に神を信じている！<br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />39.不信に基づいた論証<br />(1)世界人口の多数がキリスト教徒ではない人だ。<br />(2)これはまさにサタンが意図したことだ。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />40.死後経験に基づいた論証<br />(1)X氏は無神論者として死んだ。<br />(2)彼は今やその過ちを実感している。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />41.感情的な脅しに基づいた論証<br />(1)神はあなたを愛しておられます。<br />(2)あなたは彼を信じないほど薄情でいられるのでしょうか？<br />(3)それゆえ、神は存在します。<br /><br />42.犠牲的な脅しに基づいた論証<br />(1)イエスはあなたの罪のために死にました。<br />(2)それゆえ、神は存在します。<br /><br />43.筋の通っていないおしゃべりに基づいた論証<br />(1)教会の部屋で聞き取れない筋の通っていないことをしゃべっているあの人物を見たまえ。<br />(2)あのように、神の無限の知恵は自らを隠すものだ。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />44.オプラ（有名なテレビ司会者）の論証Ⅰ<br />(1)人間の魂は存在します。<br />(2)それゆえ、神は存在します。<br /><br />45.オプラの論証Ⅱ<br />(1)このビデオクリップを見てください。<br />(2)今これを見たどなたか、神を信じられない方がいるのですか？<br />(3)それゆえ、神は存在します。<br /><br />46.カルヴァンの論証、またの名をテルトゥリアヌスの論証<br />(1)もし神が存在するなら、彼は私にあなたが永遠に苦しめられるのを見せるでしょう。<br />(2)私はむしろその考えの方がいい。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />47.陶磁器に基づいた論証<br />(1)壷は陶芸家に命令をしないものだ。<br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />48.大量生産に基づいた論証<br />(1)バービー人形は造られたものだ。<br />(2)もしバービー人形が造られたものなら、木々もそうである。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />49.偏狭さに基づいた論証<br />(1)神はいたるところにおられます。<br />(2)我々はあらゆる場所でそこに神がおられないことを証明することはできませんでした。<br />(3)それゆえ、神は存在します。<br /><br />50.大文字による断言に基づいた論証<br />(1)<strong><span style="font-size:large;">神は存在する！それに従え！</span></strong><br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />51.無限退行に基づいた論証、またの名を第一原因論証Ⅱ<br />(1)無神論者たちに何がビッグバンを引き起こしたのか尋ねてみるがいい。<br />(2)彼らの答えがなんであろうと、いかにしてそれを知ったのか尋ねてみよ。<br />(3)その無神論者が彼があなたの質問の一つの答えを知らないことを認めるまでそのプロセスを続けよ。<br />(4)あなたの勝利だ！<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />52.懐疑に基づいた論証Ⅱ<br />(1)どうやって神が存在しないのを知ることができたんだ、おい？<br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />53.歴史に基づいた論証<br />(1)聖書は真実である。<br />(2)それゆえ、聖書は歴史的事実だ。<br />(3)聖書は神の存在を述べている。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />54.復活に基づいた論証<br />(1)あなたの肉体が墓より起き上がった時、神の存在の証明は可能になるだろう。<br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />55.生物発生説に基づいた論証<br />(1)アダムはどこから来たっていうんだ、トンマ野郎？<br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />56.断固とした信念に基づいた論証<br />(1)たくさんの実にカッコいい人々が人生を通して神を信じていた。<br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />57.孤独に基づいた論証<br />(1)キリスト教徒はイエスは彼らの最良の友だと言う。<br />(2)私は孤独だ。だから最良の友が欲しい。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />58.論争に基づいた論証<br />(1)神は存在する。<br />(2)［無神論者の反論］<br />(3)そうだ。彼は存在するんだ。<br />(4)［無神論者の反論］<br />(5)そうだ。彼は存在するんだ！<br />(6)［無神論者の反論］<br />(7)そうだ。彼は存在するんだ！！！<br />(8)［無神論者は降参して家に帰る］<br />(9)それゆえ、神は存在する。<br /><br />59.創造的解釈に基づいた論証<br />(1)神は、<br />　 (a)あなたが新生児を見る時に抱く感情だ。<br />　 (b)母から子への愛情だ。<br />　 (c)あなたの心の中の小さく静かな声だ。<br />　 (d)人類の困難に打ち勝つための潜在能力だ。<br />　 (e)私が夕暮れを見る時に感じるようなものだ。<br />　 (f)暑い日のアイスクリームの味だ。<br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />60.不安に基づいた論証<br />(1)俺たちは無神論者たちがばかばかしいまぬけだということを確証するために完全に狂暴化してどんなことでもやってのけてきた。<br />(1.5)実際、俺たちは有神論への不安を癒すことへの希望のなかでそれをやった。――でも俺たちが常に認める地獄ではそのチャンスはない。<br />(2)それゆえ、無神論者たちはばかばかしいまぬけだ。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />61.優勢に基づいた論証<br />(1)もし神が存在しないなら、私が宇宙的な意味で「特別」な存在でないために私は劣った存在だ。<br />(2)しかし私はキリスト教徒がゆえに優れている。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />62.完全な道徳的基準に基づいた論証<br />(1)もし完全な道徳的基準が存在するなら、神は存在する。<br />(2)無神論者たちは完全な道徳的基準は存在しないと言う。<br />(3)しかしそれは彼らが罪びとになるのを認めたくないからなんだ。<br />(4)それゆえ、完全な道徳的基準は存在する。<br />(5)それゆえ、神は存在する。<br /><br />63.人類の必要性に基づいた論証<br />(1)無神論者たちは神が必要ないと言う。<br />(2)どれだけそれが彼らが神を必要としているのを示していることか。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />64.隠された論理に基づいた論証Ⅰ<br />(1)知的にいくと、神の存在証明は不可能か、とてもありそうもないことは知ってるんだ。<br />(2)でも俺はキリスト教弁証者の同僚の前では生物の創造をカッコよくて知的だとしなくちゃいけない。<br />(3)だから、俺は(1)が間違っているふりをしなくちゃいけない。<br />(4)だから、神は存在するんだ。<br /><br />65.隠された論理に基づいた論証Ⅱ<br />(1)無神論者たちは神が存在しないと言う。<br />(2)でも彼らは彼らが同僚の前でカッコよくて知的だと見られたいからそう言っているだけなんだ。<br />(3)彼らは騙してなんかいない！<br />(4)それゆえ、神は存在する。<br /><br />66.免罪に基づいた論証<br />(1)無神論者たちは彼らが感情的な欲求をコントロールできると考えるのが好きだ。<br />(2)でも彼らは無神論者だ。それはできない。<br />(3)それゆえ、無神論者たちは罪を犯すことに悩むことないのように感じるあらゆることの免罪の必要を感じる。<br />(4)これは彼らの生活の中でいかに神が必要かということをまさに示している。<br />(5)それゆえ、神は存在する。<br /><br />67.憎悪に基づいた論証<br />(1)いくらかの無神論者たちはキリスト教徒やキリスト教を憎んでいる。<br />(2)こういう理由で彼らは神を信じていない。<br />(3)彼らは哀れじゃないか？<br />(4)それゆえ、神は存在する。<br /><br />68.クエンティン・スミスに基づいた論証<br />(1)クエンティン・スミスは神が存在しないと言う。<br />(2)しかし神は存在する。<br />(3)それゆえ、クエンティン・スミスは物事の達人として認められることができない。彼が誤っているためだ。<br />(4)それゆえ、神は存在する。<br /><br />69.悪霊に基づいた論証<br />(1)私は悪霊と接触を持ったことがある。<br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />70.ケント・ホヴィンド（創造論の熱心な布教者）の論証<br />(1)私は生きるために働きたくない。<br />(2)私は税を払いたくない。<br />(3)私は騙されやすい原理主義者たちに金を送らせることができる。<br />(4)私は法廷でアメリカ合衆国内国歳入庁を縛る宗教的免除の要求を使うことができる。<br />(5)アメリカ合衆国内国歳入庁は私を牢に送ることはできない。<br />(6)それゆえ、神は存在する。<br /><br />71.ケント・ホヴィンドのチャレンジに基づいた論証<br />(1)ケント・ホヴィンドは25万ドル（その金が存在していようといまいと）を進化（自然的で非原因的な宇宙の起源と定義される）を合理的な疑い（100％の確実性と他のいかなる可能性をも許さないことを意味する）で中立的な委員会（ホヴィンド自身によって選ばれた）と確かな基準（他のいかなるチャレンジに応じる可能性を排除するために慎重に言葉を選んだ）の前で証明できた人に提供する。<br />(2)このチャレンジに応じた無神論者はいなかった。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />72.狂気に基づいた論証<br />(1)正気な人間がキリスト教を考えられたわけがない。<br />(2)それゆえ、それは真実に違いない。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />73.疲弊に基づいた論証（抜粋）<br />(1) あなたはその些細な提案Xに賛同するのですか？<br />(2) 無神論者：もちろん。<br />(3) わずかに修正した提案Xについては？<br />(4) 無神論者：うーん、ノーだ。まったくというわけではないが。<br />(5) よろしい。私達が同意するなら、Yについてはどうですか？<br />(6) 無神論者：ノー！そしてX'についてもノーだ！<br />(7) この明白に確証された真実によると、あなたは確かにZにもまた同意してくれますね？<br />(8) 無神論者：ノー。私はただXに同意しただけだ！この話はどこまで行ってしまったんだ？<br />(9) 同意してもらってうれしく思います・・・<br />....<br />(37) このように今我々は提案X、X'、Y、Y'、Z、Z'、P、P'、Q、Q'を明白な妥当な問題であるRにたどり着くために使用してきました。同意しますね？<br />(38) 無神論者：言っているだろう、ただXに同意しただけだ！この話はどこまで行ってしまったんだ？<br />....<br />(81) このように我々は今提案L''、L'''、J''が真実だということを結論付けます。同意しますね？<br />(82) 私はあんたが言ったX以来どんなことにも同意してはいない！この話はどこまで行ってしまったんだ？<br />....<br />(177) そしてこのことは提案HRV、SHQ''、BTU'はすべて明白に妥当なものであるということを導きます。同意しますね？<br />(178) [無神論者は気が遠くなるかうんざりして帰る]<br />(179)それゆえ、神は存在する。<br /><br />74.グッドソルトさんの論証（総合お問合せに基づいた論証）<br />(1)無神論者の人々への質問［明白らかにでたらめな質問］<br />(2)あなたの回答は間違っています。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />75.起源に基づいた見栄っ張りの論証<br />(1)私は以下の神の存在の論証を書いてきた。<br />(2)[ウィリアム・レイン・クレイグ（アメリカの創造論者）の記事の文章全部を挿入]<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />76.限定されたボキャブラリーに基づいた見栄っ張りの論証<br />(1)あなたはたくさんの難しい言葉を使う。<br />(2)それゆえ、私には私の意見のあなたの論駁を理解することがひょっとしたらできないかもしれない。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />77.選ばれた記憶に基づいた見栄っ張りの論証<br />(1)［キリスト教徒が「難しい」質問をする。］<br />(2)［無神論者が質問に答える。］<br />(3)［時間経過］<br />(4)［キリスト教徒が質問を繰り返す。］<br />(5)［無神論者が回答を繰り返す。］<br />(6)［時間経過］<br />(7)［キリスト教徒が質問を繰り返す。］<br />(8)［無神論者が回答を繰り返す。］<br />(9)［時間経過］<br />(10)［無神論者はイライラして帰る。］<br />(11)あなたは私の質問に一度も答えられなかった。<br />(12)それゆえ、神は存在する。<br /><br />78.神聖な経済学に基づいた論証<br />(1)プロテスタントのキリスト教国は金持ちだ。<br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />79.個人的な正気に基づいた論証<br />(1)私は宗教的体験をしたことがあり、それは私がおかしいか神が存在するか以外で説明されようがない。<br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />80.制度の長生きに基づいた論証<br />(1)ローマカトリック教会は長い間存在していた。<br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />81.必然性に基づいた論証<br />(1)私は神が存在するという証拠を持っている。<br />(2)私はわざわざあなたにそれを話そうとは思わない。なぜなら無視新論者であることはあなたはどのみち結論は私の敵となるからだ。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />82.映画「マトリックス」に基づいた論証<br />(1)われわれは自分らが「マトリックス」のような世界に住んでいないと証明することはできない。<br />(2)それゆえわれわれは現実を知るということができない。<br />(3)もし現実が不確かなものなら、あらゆることは可能となる。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />83.主観性に基づいた論証<br />(1)すべての事物は主観的である。<br />(2)他の主観的な証明に勝る主観的な証明はない。<br />(3)私の主観的な意見に基づけば、あなたの意見、もし事物が主観的ならば、必然的に、神が主観的だということは誤りとなる。<br />(4)それゆえ、神は（客観的に）存在する。<br /><br />84.ポストモダニズムに基づいた論証<br />(1)私はあなたに神が存在するということを証明しよう。<br />(2)［このページの適当な論証を挿入する。］<br />(3)［無神論者は論証を論駁する。］<br />(4)私は神がいるということを証明できないのはわれわれの誰かがわれわれが実体的な世界に存在していることを証明できないことと同じである。<br />(5)それゆえ、神は存在する。<br /><br />85.メタ論証<br />(1)ここにある神の存在証明がある。<br />(2)読者がこの証明を読み終わったならば、彼・彼女には神の存在は証明されている。<br />(3)神の存在が証明されているならば、神は存在する。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />86.逸話に基づいた論証<br />(1)神は彼を信じるものによってのみ見ることが可能である。<br />(2)もし神を見られたならば、彼は存在するに違いない。<br />(3)私は神を見た。<br />(4)それゆえ、神は存在する。<br /><br />87.聖書の歴史に基づいた論証<br />(1)多くの現代の歴史家はたぶんイエスという名の誰かはいたのだろうと考えている。恐らく。<br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />88.ひねくれ者の論証Ⅰ<br />(1)ある日、悪魔たちが私の家の屋根の上でタップダンスをしていた。私は彼らが立ち去るように祈った。<br />(2)それゆえ、悪魔たちは本当にうまいダンサーだ。<br />(3)同様に、神は存在する。<br /><br />89.ひねくれ者の論証Ⅱ、（デビッド・ブレイン{アメリカの手品師}に基づいた論証）<br />(1)デビッド・ブレインが本当の魔術を使うならば、神は存在する。<br />(2)それは本当に彼のTVスペシャルで見られる。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />90.ランドマンの論証<br />(1)このワールドブックエンサイクロペディア1975年版の進化についての記事は私がすでに具体的に主張したいくつかの間違いを含んでいる。<br />(2)進化生物学の先生や教授や博士は、このことが進化は信用できない科学的概念だと立証している。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />91.多様性に基づいた論証Ⅰ、またの名をメタ破片の論証<br />(1)私は膨大な数の神の証明を知っている。<br />(2)それらのうち一つはたぶん正しいのだろう。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />92.偶然の一致に基づいた論証<br />(1)この事件の起こる確率はどのくらいだ？<br />(2)ひどく見込み薄だ。賭けてもいい。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />93.不可解な前置詞の使用に基づいた論証<br />(1)あんたが神の上方にいない限り、あんたのちっぽけな人間の知性では神の存在を論駁することは不可能だ。<br />(2)あんたは神より高くにいるのか？<br />(3)あんたの途方に暮れた顔は「ノー」だと受け取るぜ。<br />(3)だから、神（もっとも高き存在）は存在する。<br /><br />94.ティーンズキリスト教徒の運動に基づいた論証<br />(1)神はすっごくすてきで、サイコーだし、あんたがCreedやP.O.D.をイカすバンドだって言いたいなら、そう理解してるんだぜ。<br />(2)しかも、俺らの若者グループのリーダーのスキップは骨折した足を全能の主の力だけで治したことがあるんだぜ。<br />(3)だから、神は存在するんだ。<br /><br />95.舌のおしゃべりに基づいた論証<br />(1)この友達、いちど自分からぺちゃくちゃとしゃべりだすとまるでロシア人かのように聞こえるんだ。<br />(2)でも彼も僕もロシア人について何も知らない。<br />(3)唯一の説明は神だ。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />96.ヨーロッパの歴史に基づいた論証<br />(1)前近代ヨーロッパの多くの著名な思想家が神を信じていた。<br />(2)一九世紀と二十世紀についてはちょっと忘れようじゃないか。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />97.デザインに基づいた論証、またの名をペイリーの論証、またの名を目的論的デザイン論証Ⅲ<br />(1)もしデザイナーが存在するなら、神は存在するに違いない。<br />(2)もし私が森で時計を見つけたならば、それにはデザイナーがいるに違いない（補足:生物の複雑さもそのようなものだ）。<br />(3)［森へ時計を捨てる。（ツッコミ：ペイリーはそんなことしてないぞ）］<br />(4)それゆえ、神は存在する。<br /><br />98.デザインに基づいた論証、またの名を隙間の神、またの名を目的論的デザイン論証Ⅳ、またの名を個人的懐疑に基づいた論証Ⅲ<br />(1)Xは信じられないことだ！<br />(2)私は何か他のもの（こっちも私は理解できないのだが）がXを起こしたということを除いて、どうやってXが起こったか理解できない。<br />(3)もっと良い説明を思いつけないがゆえにこの何か他のものは神に違いない。<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />99.侮辱に基づいた論証<br />(1)神は存在する。<br />(2)［無神論者は反論する。］<br />(3)わかっているのか？私は侮辱されたんだ。<br />(4)それゆえ、神は存在する。<br /><br />100.祈りに基づいた論証Ⅰ<br />(1)神は存在する。<br />(2)［無神論者は反論する。］<br />(3)わたしの祈りを受けたまえ。<br /><br />108.ティンカーベルに基づいた論証<br />(1)僕はほんとうに神の実在を望んでいるんだ。<br />(2)何かを心の底から願ったなら、それは叶うよ。<br />(3)だから、神は存在するんだ。<br /><br />116.半分の翼に基づいた論証<br />(1)半分しかない翼など役に立たない！<br />(2)それゆえ、神は存在する。<br /><br />124.差異に基づいた論証<br />(1)キリスト教の神は他の宗教の神と異なっている。<br />(3)それゆえ、キリスト教の神は存在する。<br /><br />129.関心に基づいた論証<br />(1)もし神が本当に存在しないならば無神論者たちはそんなにも多くの時間を神についての議論に費やしはしないだろう。<br />(2)［無神論者は(1)を論駁する。］<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br /><br />139.証拠の欠乏に基づいた論証Ⅱ（シンプソンの論証の変形）<br />(1)神よ、もしあなたが存在するのならば、全く何のしるしも見せ給うな。<br />(2)<br />(3)それゆえ、神は存在する。<br />

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<title>詩という無謀な試み</title>
<description>脳髄の中のドイツ語が、たまりにたまって爆発しました。その結果がこれです。それ以上は言うまい。タイトル「君にアングライフェン」夕暮れ時 高く見上げれば広がる ヒンメルスツェルト青とロートが混じりあい 夜が扉を開くすべては小さい  この地上で新しいものはニヒツ  飽き飽きしている だけどこのヘルツ schweigt niemalsまるでイェーガー  銃を手に月を待っているアングライフェン  アングライフェン  心手に入れる自らの鎚で打った  グリュック信じつつアングライフェン  ...</description>
<dc:subject>詩か、さもなくば死を、だ！</dc:subject>
<dc:creator>あしがる</dc:creator>
<dc:date>2009-05-14T00:20:32+09:00</dc:date>
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脳髄の中のドイツ語が、たまりにたまって爆発しました。<br />その結果がこれです。それ以上は言うまい。<br /><br />タイトル「君にアングライフェン」<br /><br />夕暮れ時 高く見上げれば<br />広がる ヒンメルスツェルト<br />青とロートが混じりあい　夜が扉を開く<br /><br />すべては小さい  この地上で<br />新しいものはニヒツ  飽き飽きしている　だけど<br />このヘルツ schweigt niemals<br />まるでイェーガー  銃を手に<br />月を待っている<br /><br />アングライフェン  アングライフェン  心手に入れる<br />自らの鎚で打った  グリュック信じつつ<br />アングライフェン  Ich will dich　アングライフェン<br />時は待ってくれない<br /><br />シュテルネが顔を出し  次の時代を叫ぶ<br />理性はなりをひそめ  ヒッツェだけが歌う<br /><br />過去は美しい  誰もが振り返り<br />足を止め嘆く  シックザルスシュメルツ　だけど<br />君はここにいる  Hier sind wir<br />道はウンエントリヒ  銃掴み<br />深淵へ放て<br /><br />アングライフェン  アングライフェン  追えば得られるか<br />頼れるものは己の  ヴィレツーマハト<br />アングライフェン  Ich will dich　アングライフェン<br />明日はすぐそこに<br /><br /><br />なぜか８０年代アニメ調になってしまいました。ただカタカナは全部ドイツ語ですが。<br />内容についての質問は受け付けておりません。<br />言語の壁についての文句も受け付けておりません。なんとかしなさい。<br /><br /><a name="more"></a>

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<title>[PR]注目のキーワード「エコポイント」</title>
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<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=295109&sid=keik-vom-leiermann&tid=seesaa_hotspot&k=%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93&hid=35">テレビ</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=295109&sid=keik-vom-leiermann&tid=seesaa_hotspot&k=%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%97&hid=35">シャープ</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=295109&sid=keik-vom-leiermann&tid=seesaa_hotspot&k=%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%82%AA%E3%82%B9&hid=35">アクオス</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=295109&sid=keik-vom-leiermann&tid=seesaa_hotspot&k=AQUOS&hid=35">AQUOS</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=295109&sid=keik-vom-leiermann&tid=seesaa_hotspot&k=%E3%82%A8%E3%82%B3&hid=35">エコ</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=295109&sid=keik-vom-leiermann&tid=seesaa_hotspot&k=%E5%A5%BD%E8%AA%BF&hid=35">好調</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=295109&sid=keik-vom-leiermann&tid=seesaa_hotspot&k=%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3&hid=35">オークション</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=295109&sid=keik-vom-leiermann&tid=seesaa_hotspot&k=%E6%B6%B2%E6%99%B6%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93&hid=35">液晶テレビ</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=295109&sid=keik-vom-leiermann&tid=seesaa_hotspot&k=32V&hid=35">32V</a>&nbsp;|&nbsp;<a href="http://match.seesaa.jp/ot_listing.pl?aid=295109&sid=keik-vom-leiermann&tid=seesaa_hotspot&k=%E3%82%A8%E3%82%A2%E3%82%B3%E3%83%B3&hid=35">エアコン</a>
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<dc:date>2009-05-14T00:20:32+09:00</dc:date>
<dc:creator>ads by Seesaa</dc:creator>
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<title>まぬけのウィルソンのカレンダー：５月</title>
<description>すべてを失くしてからは ありがとうと思えた。９１音楽聴衆の二律背反。――クラシックの聴衆は間違っている。良い音楽を聴いた時にじっと座っていられるはずがないからだ。ロックの聴衆は間違っている。良い音楽の演奏時に騒いだりして音を立てるなどもってのほかだからだ。結果、どっちもどっちということで、どちらも正しい。９２音楽の評価基準。――歌の場合には、歌詞と曲の重視する比率が人によってばらばらだ。歌詞がよければ音楽は月並みでよいという人もいれば、主に洋楽のファンに多いのだが、最初から歌...</description>
<dc:subject>まぬけのウィルソンのカレンダー</dc:subject>
<dc:creator>あしがる</dc:creator>
<dc:date>2009-05-12T01:47:40+09:00</dc:date>
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すべてを失くしてからは　ありがとうと思えた。<br /><br />９１<br /><strong>音楽聴衆の二律背反。</strong>――クラシックの聴衆は間違っている。良い音楽を聴いた時にじっと座っていられるはずがないからだ。ロックの聴衆は間違っている。良い音楽の演奏時に騒いだりして音を立てるなどもってのほかだからだ。結果、どっちもどっちということで、どちらも正しい。<br /><br />９２<br /><strong>音楽の評価基準。</strong>――歌の場合には、歌詞と曲の重視する比率が人によってばらばらだ。歌詞がよければ音楽は月並みでよいという人もいれば、主に洋楽のファンに多いのだが、最初から歌詞を理解しようともしない人もいる。どういう割合がよいかということだが、やはり半々を目標として両方の理解に努めるのが一番だろう。一方實吉晴夫氏は、歌詞が２２％、音楽が７８％と細かく割り振っているが、これは作曲者がシューベルト、詩が凡庸詩人のミュラーだからである。半々の見積もりだと、およそ歌詞はどうでもよいのに曲が素晴らしいため他の凡作を上回ったりする。その例にはRhapsodyからのソロ、Luca Turilliの音楽を挙げておこう。つまり５０％の中身があまりに充実しているため、残り５０％がほぼゼロでも他者を凌駕するのである。<br /><br />９３<br /><strong>アルバム編成と捨て曲。</strong>――「捨て曲」があるとかないとかと言う人がいる。アルバムの後半の曲は聴かれづらく、「捨て曲」認定をされやすいが、サージェントペパーズを出すまでもなくわかるように、アルバムを一つのシンフォニーとし、完全な調和を計算して作る連中もいるのだ。オフスプリングはその典型である。後半の曲の位置的不便さは作曲側もよくわかっており、しばしば第一印象が派手でないパッとしない曲を入れる。しかしこういった曲は噛めば噛むほど味が出る種類のものだ。後半の曲の良さを理解しないでそんなことを言う輩は即刻ゴミ箱に自身の耳を捨てるべきだ。さらに言うならば、後半にある穏やかな曲を聴こうとしない人は音楽が好きなのではない。どんちゃん騒ぎが好きなだけだ。飲み会でもやっているがいい。<br /><br />９４<br /><strong>通のしるし。</strong>――何かに詳しいということを示す現象の一つとして、「流行るものを数年前から知っている」ということがある。いささか自慢になるが筆者もマンガでは大島永遠や浅野いにおや福満しげゆきが、音楽ではバックホーンやシロップ、9ミリパラベラムがあそこまで世に出る前から目を付けていた。大島永遠がサンデーGXに載ったときはたいへん喜んだものだ。このことが意味することは、良いものは世界中にごろごろしているのだが、流行ったり注目されたりするものはそのうちの一握りで、しかも流行るものと流行らないものとの差は何もない。通は良いものはすべてマークするので、あとで目立ってくるとさも以前からわかっていたかのような顔をするのである。良くても流行らないものがその何倍もあり、この話をする時にそれらは忘れられている。すべては宣伝がうまくいくかだ。井沢元彦が言うように、「宣伝しないものは存在していないのと同じ」なのである。<br /><br />９５<br /><strong>セクトと宗教。</strong>――ロジェ・カイヨワが言っていたのだが、フランスですぐ新興宗教に対して使う「セクト」というものは秘密結社的意味合いがあり、フリーメーソンもセクトらしい。彼らは新興宗教を秘密結社扱いするのだ。ということは『悪霊』のピョートルの革命組織もセクトと呼ばれることになるだろう。日本における新興宗教の見方よりも宗教かそうでないかの区別がないといえる。<br /><br />９６<br /><strong>ケストラーの生物。</strong>――アーサー・ケストラーはしごく真面目で科学の勉強もそれなりにしているのだが進化論についてはおかしな考えを持っていた。ダーウィン説を否定したいがためにラマルキズムをまるで金科玉条のように崇めていたのだ。それはまるで背面跳びを意地でも避けてベリーロールで記録を出そうとする高跳び選手のようである。<br /><br />９７<br /><strong>カッコウの示す真実。</strong>――なぜ社会はすべての人を救えないのか？鳥は答えの一端を示している。カッコウに托卵される鳥はその時の為の判別、排除機構を進化させていない。なぜならそうした異常事態にわざわざ適応して無駄なエネルギーを使うよりは托卵で失う卵を出してでも平凡なシステムで生活する方が労力が節約されるからなのだ。社会もそのように回っている。<br /><br />９８<br /><strong>ミツバチの民主主義。</strong>――アリが社会を形成しているとはよく言うが、民主主義を採る昆虫がいるというのは驚きだろう。ミツバチは移動の目標地を調べるため方々に斥候を出し、それぞれが自分の見てきた方角の良さをアピールする。そうして無言の議論が続いた後、大多数がどれか一つになびくとそちらの方角へ決定されるのである。いつまでも決まらずに、二つに分裂する例もあるという。この一見画期的なシステムはとっくの昔から、アメリカ建国より地質学スケールで前の時代から考え出されて実行されていたのだ。<br /><br />９９<br /><strong>神話と世俗。</strong>――『食卓の賢人たち』によると、ギリシャ神話のスフィンクスのようななぞなぞというものは知識階級の間でも流行っており、もし答えられないと一気飲みさせられるという、現代でも何も変わらずに行われる習慣があったらしい。スフィンクスの神秘的な謎かけとは随分かけ離れた、われわれにやたら近い連中である。<br /><br />１００<br /><strong>エリアーデ的日々。</strong>――太陽は聖なるものだ。とても直視していられないから。虹は聖なるものだ。追いかけても追いつけないし、刹那にしか存在しないからだ。星は聖なるものだ。毎日変わらずに空に輝いており、はるかな昔の人も見上げた光だからだ。そして空・・・見上げることは別世界に思いをはせることとなる。いつどこにいようとも。<a name="more"></a>

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<title>In Extremoの音楽世界</title>
<description>今回は、日本ではほとんど知られていないドイツの中世ロックバンドIn Extremoのドイツ語詞の訳を作ってみた。彼らはドイツ圏でもっとも注目したい七人組で、マルクトザックプファイフェというバグパイプのような笛とエレキギター、ベース、ドラムを組み合わせた独特の演奏と、ボーカルのバンド内ではDas letzte Einhorn（最後のユニコーン）と呼ばれるミヒャエルの渋い声を特徴とする。何よりすごいのは歌詞で、ドイツ語は半分以下、残りは古スウェーデン語やら古ポルトガル語やらラテン...</description>
<dc:subject>音楽は世界を救う・・・なんて夢を見る日々</dc:subject>
<dc:creator>あしがる</dc:creator>
<dc:date>2009-04-03T13:38:54+09:00</dc:date>
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今回は、日本ではほとんど知られていないドイツの中世ロックバンドIn Extremoのドイツ語詞の訳を作ってみた。<br />彼らはドイツ圏でもっとも注目したい七人組で、マルクトザックプファイフェというバグパイプのような笛とエレキギター、ベース、ドラムを組み合わせた独特の演奏と、ボーカルのバンド内ではDas letzte Einhorn（最後のユニコーン）と呼ばれるミヒャエルの渋い声を特徴とする。<br />何よりすごいのは歌詞で、ドイツ語は半分以下、残りは古スウェーデン語やら古ポルトガル語やらラテン語やら。カルミナ・ブラーナからの作品も多いのでオルフのやつを知っている人は馴染み深いだろう。<br />差し当たってもっとも有名な曲、１９世紀の詩人ルートヴィヒ・ウーラントの詩による「Spielmannsfluch（吟遊詩人の呪い）」から訳していこう。<br /><br />Spielmannsfluch<br />吟遊詩人の呪い<br /><br />　昔々あるところに王様がおりまして　土地も物も豊かで<br />　玉座に暗鬱に　恐ろしい顔で座っておりました<br />　彼の考えることは恐怖であり　彼のまなざしは憤怒で<br />　彼の言葉は災いであり　彼の書くものそれは血でした<br /><br />　ある日彼のお城に　高貴な吟遊詩人の親子がやって来ました<br />　一人は黒髪　もう一人は白髪でした<br />　灰色の詩人は若者に言いました　「息子よ　準備をするのだ<br />　素晴らしい歌を奏でよう　たくさんのメロディーを響かせよう！」<br /><br />　＊雨が降る　血の雨が降る<br />　　雨が降る　詩人の呪いが降る<br /><br />　二人の詩人は大きな円柱の間で演奏します<br />　玉座には王と王妃がおり<br />　王は血まみれの北欧の主のように華麗で<br />　王妃は太陽の輝きのように美しいのでした<br /><br />　彼らは春を　愛を　聖なる歌を歌います<br />　王妃は哀愁のうちに泣き崩れ　しかし喜びに溢れておりました<br />　「貴様らは我が民を惑わすのか　我が妻を欲するのか？」<br />　王は激怒して叫びました　その体中を震わせて<br /><br />　＊繰り返し<br /><br />　王の剣がきらめいて　若者の胸を貫き<br />　輝く歌の代わりに　血がほとばしりました<br />　若者は師匠の腕の中で　力なくあえいでいます<br />　老人は悲しみから叫び　その声は広間を震わせました<br /><br />　「呪われし人殺しよ　そなた詩人の呪いを浴びよ<br />　　すべての戦は無駄となり　血によって汚されよ<br />　　王の名は歌われず　伝記にもならぬ<br />　　埋もれ忘れ去られる　これこそが詩人の呪いよ」<br /><br />　＊繰り返し<br /><br /><br />この詩は最初は呪いのわりに小さなことだなと理解できなかったのだが、これはつまり権力および暴力に対し言論の力で反抗する、という立場を表した詩なのである。だいぶR指定なところがいかにもメタル系好みとも言えるが。<br />次に同アルバム「Vererht und Angespien（尊敬され吐き捨てられる）」よりIch Kenne Allesを。この幾分かコミカルな詩はフランスの詩人フランシス・ヴィヨンのものである。<br /><br />Ich Kenne Alles<br />私は何でも知っている<br /><br />　古い魚はもう　いい臭いはしない<br />　辛い時に人は　楽しかったことを忘れる<br />　グミの木が汗をかくのは　根の病気である<br />　その母と再婚すると　娘は悲しみをこぼす<br />　私はローマを知っている　その力を<br />　私は夜中に訪れる　夢を知っている　<br />　私は何でも知っている　点から線まで<br />　ただわからないのは　私のことだけ<br /><br />　すべてのベールの後ろに　敬虔さがあるわけではない<br />　坊主はみんな　修道服を着ているというだけだ<br />　召使のように　主人はあらねばならない<br />　四角形は荷車になるが　車輪にはならない<br />　私は愚か者を知っている　その崩れた顔を<br />　私はすべての　悲しみの重さを知っている<br />　私は何でも知っている　点から線まで<br />　ただわからないのは　私のことだけ<br /><br />　茨だけではない　薔薇も刺すのだ<br />　忍び足の者　神とも小声で話す<br />　翼は風を掴むが　葉はさにあらず<br />　私は吝嗇家を知っている　その歩き方を<br />　私はすべてを奪う　死を知っている<br />　私は衣服に合う　襟を知っている<br />　私は何でも知っている　点から線まで<br />　ただわからないのは　私のことだけ<br /><br />トリビア的な豆知識の羅列である。当時の感覚がよく現れているのがおかしい。よくこういった詩が見つけられたものだ。<br />次にアルバムS&uuml;nder Ohne Z&uuml;gel（手綱なしの罪人）より表題曲、Lebensbeichteを。<br /><br />Lebensbeichte<br />人生の懺悔<br /><br />　沸きたて　我が荒ぶる心よ<br />　怒りの苦しみの中で<br />　軽き存在である私など<br />　空気のように消えねばならぬ<br />　船頭なくして　我が船は進む<br />　鏡のような海を<br />　誰も我に枷をはめることはできず<br />　かんぬきをかけることもできず<br />　私のような者に試してみたところで<br />　手綱なしの罪人とわかるのみだ<br /><br />　心は　本当の私を表し<br />　嵐は　常にどこかへ連れて行く<br />　うわべは嘘をつく　もはや故郷へは帰らず<br />　堅い枷　それなら私は一人<br /><br />　飲み屋であるとき　自ずから<br />　死んだように崩れ落ちる<br />　杯にはまだ<br />　私の顔が映る<br />　若さにまかせ　私は遊び回る<br />　悪癖にまみれたやり口で<br />　天使の合唱がそこで<br />　私に祝福を与える<br />　神よ　この大酒飲みを罰せよ<br />　彼の罪の故に<br /><br />　心は　本当の私を表し<br />　嵐は　常にどこかへ連れて行く<br />　うわべは嘘をつく　もはや故郷へは帰らず<br />　堅い枷　それなら私は一人<br /><br />なんだかあまり内容がないが、曲のほうは憂愁に満ちた渋いものとなっている。<br />さて次はアルバムSieben（7）よりSegel Setzen。<br /><br />Segel Setzen<br />帆を揚げろ<br /><br />　月が　その光を失い<br />　太陽が　おまえをもはや暖めない時<br />　小人が　巨人となり<br />　世界が　古き英雄を夢見る時<br />　影が　長い足を伸ばし<br />　憎しみが　おまえの息を詰まらせる時<br />　言葉が　心の奥深くで燃え<br />　正気をもはや保てずと感じる時<br /><br />　ならば俺と　旅に出よう<br />　ならば俺と　遠くへ行こう<br />　おまえの夢とともに　連れて行け<br />　歳月が過ぎ去る前に<br /><br />　日が　長くなり<br />　蜘蛛が　巣を作りだした時<br />　すべての言葉が　言い尽くされた時<br />　それは逃げ去る時なのだ<br />　恨みの声が　大きさを増し<br />　誤った音色が　芸術となり<br />　臆病者が　偶像となる時<br />　その時ここに我らの居場所はない<br /><br />　ならば俺と　旅に出よう<br />　ならば俺と　遠くへ行こう<br />　おまえの夢とともに　連れて行け<br />　歳月が過ぎ去る前に<br /><br />　帆を揚げよう<br />　ここから逃げ出そう<br />　おまえを失いたくない<br />　連れ去ってくれてかまわない<br /><br />　連れて行け　おまえの夢とともに<br /><br />　帆を揚げよう<br />　ここから逃げ出そう<br />　おまえを失いたくない<br />　連れ去ってくれてかまわない<br /><br />どうにも後ろ向きな感じであるが、彼らのオリジナル詞は比較的その傾向にある。そういうのを選択しているというのもあるのだが。<br />ではアルバムMein Rasend Herz（我が荒れ狂う心）よりMacht Und Dummheitを訳してみよう。この詞はなかなかどうして、難解である。<br /><br />Macht Und Dummheit<br />力と愚かさ<br /><br />　この世界に来て　すでに長い<br />　どんな立場も　気に入っている<br />　王はむさぼり食い　乞食は飢える<br />　売春婦は　天国の前で待ち構える<br /><br />　愚か者として私は　嘲りと不和の種を蒔き<br />　僧侶として私は　救済を望んできた<br />　この脚をはるか遠くまで運んできた<br />　聞け　私の言うことを聞くがよい<br /><br />　決して<br />　私は決して　永遠とはならぬ<br />　決して<br />　愚かさは　私の処刑人にはならぬ<br /><br />　私は様々な　人間を知っている<br />　小さいのも偉大なのも　若いのも年老いたのも<br />　天国では　彼ら未熟者が裁く<br />　従順さを　灼熱が掻き立てる<br /><br />　力と嘘が　真実を押しのける所<br />　愚かさがしばしば　第一歩をなす<br />　地獄こそが　楽園である<br />　年月を重ねた　私の言うことを聞くがよい<br /><br />　決して<br />　私は決して　永遠とはならぬ<br />　決して<br />　愚かさは　私の処刑人にはならぬ<br /><br />　愚鈍が　玉座のひじ掛けを暖め<br />　その矢は　弦にかけられる<br />　発射の準備　私へ腕を伸ばし<br />　私の高慢を呼び起こす　そんな真似をする<br /><br />　射手は　汗をたらし震え<br />　ある指示が　彼を待たせる<br />　目を閉じると　彼はそのままで　<br />　太陽の輝きが　心を貫き通す<br /><br />　決して<br />　私は決して　永遠とはならぬ<br />　決して<br />　愚かさは　私の処刑人にはならぬ<br /><br />　決して　決して<br />　私は不滅とならないだろう<br /><br />最後の部分の主語が不明瞭なのだが、たぶんこうであると思える。どういう状況かは想像力が考えることだ。<br />最新のアルバムS&auml;ngerkrieg（シンガーウォーズ）から数曲見てみよう。このアルバムでは古詩からの引用も少なく、未知の言語もスペイン語くらいなのだが、それでもよく聞いてみると印象深いものも多かったので、そんな理由もありたくさん訳してみた。<br /><br />Frei zu Sein<br />自由であれ<br /><br />　俺には王冠は必要ないし<br />　城も　宝石もいらない<br />　俺の住んでいるところはいつも<br />　俺にとっての故郷となる<br />　俺はならず者だが　自由なんだ<br />　そんな贅沢はみんな　俺のそばを通り過ぎて行った<br /><br />　＊自由であることには　必要なことは少ない<br />　　自由なやつだけが　王であるんだ<br />　　恥も知らずに　厚かましい泥棒は奪う<br />　　なぜなら彼は　自らの幸福の鍛え手だから<br /><br />　他のやつが夢見ることを<br />　俺は夜に奪っていこう<br />　俺の歩き方は　婚礼の白馬のよう<br />　恐れを知らぬ王<br />　傭兵たちに守られた<br />　自分だけの神が　俺の天に座る<br /><br />　＊繰り返し<br />　<br />　一つの卵は　他のには似ていない<br />　多くの人が　確信している<br />　ならず者が七人　同時に音楽を作る<br />　人は自らのやり方で　眠りにつく<br /><br />Tanz Mit Mir<br />俺と踊ろう<br /><br />　あまりに多くの　重荷を背負っている<br />　その重さが俺を　地面へ引き倒す<br />　良い日も　悪い日のよう<br />　背中がこすれて　傷となる<br />　世界は穏やかにあり　俺は踊り続ける<br />　毎日の匂いが　鼻についてうんざりだからだ<br />　階段を二段飛ばしで進め<br />　奈落へ続く階段を<br /><br />　でも俺はそんな行いを　後悔はしない<br />　たとえそのために　代償を払うとしても<br />　ただ一度生きろ　俺は待てない<br />　終わりの時まで　まっすぐで立っていたいんだ<br />　俺は立ち上がる　そして再び倒れる<br />　ずる賢くならず　ただ年を取るだけ<br />　そして自らの　体を壊す<br />　すでに一度　壊れている体を<br /><br />　＊来いよ　俺と踊ろう　人生のただ中で<br />　　誰かが俺を　寂しいと思ってくれるその場所でさ<br /><br />　荷物は重く　心を突き刺す<br />　顔には　汗が吹き出る<br />　そうやって俺は生きてゆく　苦しみとともに<br />　終わりなどは　信じない<br />　俺は立ち上がる　そして再び倒れる<br />　ずる賢くならず　ただ年を取るだけ<br />　そして自らの　体を壊す<br />　すでに一度　壊れている体を<br /><br />　＊繰り返し×２<br /><br />　来いよ　俺と踊ろう　朝の光が差すまで<br />　嵐が　太陽と交わるその場所で<br />　来いよ　俺と踊ろう　人生のただ中で<br />　誰かが俺を　寂しいと思ってくれるその場所でさ<br /><br />Mein liebster Feind <br />俺の愛すべき敵<br /><br />　俺の鏡の姿はむき出しで　ありのままだ<br />　しっかりと光は　その皺を映し出す<br />　俺には力が　そして憤怒も欠けている<br />　一撃で　その連中をばらばらにするには<br />　だがすべての傷が　俺に残り<br />　過ぎ去った日々を　思い出させる<br />　すべての刺し傷　切り傷が<br />　俺の心に傷跡を残す<br /><br />　次のやつはどいつなんだ？<br />　俺の獲物に触れ<br />　頭から冠を引きずりおろすやつは？<br />　俺より速いと思っている　やつは誰だ？<br />　次の石は　おまえの首筋に当たる<br />　俺は一人では　絞首台に架からない<br /><br />　だがこの獣は　あまりに大きく強く<br />　俺の日を　ぶちこわした<br />　俺は策略と　悪知恵で<br />　待ち伏せ場所を　用意してやろう<br />　力があるのは誰で　勇気があるのはどいつだ？<br />　その証拠を持ってくるやつはどこにいる？<br />　俺は簡単な獲物にはならない<br />　たとえハゲタカが頭上を飛び回っていたとしても<br /><br />　次のやつはどいつなんだ？<br />　俺の獲物に触れ<br />　頭から冠を引きずりおろすやつは？<br />　俺より速いと思っている　やつは誰だ？<br />　次の石は　おまえの首筋に当たる<br />　俺は一人では　絞首台に架からない<br /><br />Auf's Leben<br />人生を飲もう<br /><br />　おまえの若さでもって　俺は飲みたい<br />　ただ一杯だけ　忘れさせてくれる一杯を<br />　別れの時にも　始まりのことを考えていたい<br />　記憶が　薄れてしまうまで<br /><br />　おまえの無邪気さでもって　生きていきたい<br />　今この場所を　そしていつまでも<br />　お前の鼓動は　俺の脈を震えさせる<br />　そして次の白昼夢が　すでに俺を運び去っている<br /><br />　この一杯を飲んでくれ<br />　俺たちは　人生を飲み干す<br />　俺のグラスを受け取ってくれ<br />　おまえの分を俺にくれたのだから<br /><br />　おまえの眼で　世界を見たい<br />　遠くへ連れて行ってくれるまなざしで<br />　もし俺たちが離れ離れになるなら<br />　もはや後に残るものは　何もない<br /><br />　おまえの確信を頼りに　生きていたい<br />　もはやこんな歳になってしまったと　知っているが<br />　ひとかけら　おまえから奪わなければ<br />　おまえを選んだという　喜びのために<br /><br />　この一杯を飲んでくれ<br />　俺たちは　人生を飲み干す<br />　俺のグラスを受け取ってくれ<br />　おまえの分を俺にくれたのだから<br /><a name="more"></a>

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<dc:date>2009-04-03T13:38:54+09:00</dc:date>
<dc:creator>ads by Seesaa</dc:creator>
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<title>まぬけのウィルソンのカレンダー：３月の３</title>
<description>泣きたい時に月はなし吐きたい時に人はなし死にたい時に歌はなしいや 歌はある それは月のように欠けもせず人のように背を向けはしないいつまでもそこに 永遠の調べを８１機能としての涙。――忘れてはならない。泣くとは表現ではなく機能が先立つものだ。つまり行う当人にとって役立つからそうするのだ。それは精神的に異質な、限界を超えるものに遭遇したときに判断力を崩壊させ、問題に冷静に目を向けないように仕向ける。しかし一方でそれが周囲に対する強力なアピールになるということも人は生まれた時点でな...</description>
<dc:subject>まぬけのウィルソンのカレンダー</dc:subject>
<dc:creator>あしがる</dc:creator>
<dc:date>2009-03-29T14:34:44+09:00</dc:date>
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泣きたい時に月はなし<br />吐きたい時に人はなし<br />死にたい時に歌はなし<br /><br />いや　歌はある　それは<br />月のように欠けもせず<br />人のように背を向けはしない<br />いつまでもそこに　永遠の調べを<br /><br />８１<br /><strong>機能としての涙。</strong>――忘れてはならない。泣くとは表現ではなく機能が先立つものだ。つまり行う当人にとって役立つからそうするのだ。それは精神的に異質な、限界を超えるものに遭遇したときに判断力を崩壊させ、問題に冷静に目を向けないように仕向ける。しかし一方でそれが周囲に対する強力なアピールになるということも人は生まれた時点でなぜか知っている。本来人は集団で生きる動物なのだ。こう言ったからといって、涙の価値を低く見積もっているわけではない。ゲーテのこういう詩もある。「涙とともにパンを食べたことのない者、悲しみに満ちた夜を自分のベッドに座って泣き明かしたことのない者は、あなた達、天上の力を知らぬ」<br /><br />８２<br /><strong>ピアノの難易度水準。</strong>――以前からやりたかったことのひとつに、ピアノ曲の技術的な難易度を定量化して表せないかということがある。それは「情報」の概念を利用すればうまく扱えるように思える。つまり時間当たりの情報量が多い曲ほど技術的に難しいということだ。ここで情報を使うのは、単純に音符の量や速さが指を動かす際の障害になるわけではないということに経験的に気づいているからだ。どういうことかというと、ドレミファソラシドシラソファミレのようなスケールは「前音＋１」というルールに集約できるためそんなに難しくない。ドミレファレファミソミソファラのような音階も「４音のパターンを２度ずらす」という風に省略できるためあまり頭が混乱することはない。つまり、どんな風にも単純化、圧縮して記述できない曲ほど難しい、というのがこの見方の基本である。<br /><br />８３<br /><strong>小説の意味。</strong>――前にテーマは重要でないと言ったが、それの最たるものとしてルイス＝キャロルの不思議の国、鏡の国のアリスがある。あれは目的としては女の子に聞かせるホラ話であるが、特に科学者のインスピレーションを刺激し、多くの比喩を提供するようだ。生物の進化競争においてその場に留まるためには全力で走り続けなければならないというリー＝ヴァン＝ヴェーレンの「赤の女王仮説」をはじめ、姿は消えてチェシャ猫のにやにや笑いが最後に残るのはどんな状態なのかという議論や、世界が誰かの見ている夢だとしたら存在するとはどういう定義で確認できるのかという思弁的な疑問も投げかけられている。読み直してみて気が付いたのだが、ギャグマンガ日和と非常に類似したシーンもある。馬から落ちて足以外地面に埋まるというのがそれだ。増田こうすけもここに示唆を得たのかもしれない。他にも印象的なセリフは多いので、一度読んでみるとよいだろう。<br /><br />８４<br /><strong>手間を省くための工夫。</strong>――ドーキンスが言っていたのだが、パソコンのファイルの削除とはファイルの情報をすべて抹消するわけではないらしい。ファイルがどこにあるかという「指標」を無くして、上書き可能の指令を出すだけのようだ。こうするといちいちデータをすべて消す手間が節約されるわけだ。つまりハードディスクの空きスペースは単に「利用可能スペース」を表しておりまったく何もないわけではないのだ。このことは復元ソフトで消したファイルが発掘できることからも実証されている。うまい手段を考え付いたものだ。<br /><br />８５<br /><strong>人間を超えるもの。</strong>――誤解の元であるニーチェの「超人」についてふさわしい訳語を発見した。「跳人」でどうか。「&Uuml;bermensch」の「&uuml;ber」は明後日が「&Uuml;bermorgen」であるように跳び越える、というニュアンスがある。これで少しは彼が理解されるとよいが。<br /><br />８６<br /><strong>今日を生きるために。</strong>――右手に「しょせん」、左手に「過ぎない」を。数多くのことをこれで耐えてきた人がいる。<br /><br />８７<br /><strong>社会と毒。</strong>――会社の指標の一つである「三年離職率」と毒物の強さを表す「半数致死量」は似ている。どちらも耐えられる生物とそうでない生物がいることを表している。<br /><br />８８<br /><strong>ことわざの進化論。</strong>――「情けは人のためならず」という言葉は功利主義的な第一意義よりも同情の危険性を述べる第二意義のほうがずっと意味のあるもののように思える。こう読む人が増えてきたことはむしろ喜ぶべきことではないか？<br /><br />８９<br /><strong>進化をこの手に。</strong>――生物の本を読むたびに、進化をコンピューターで再現してみたいという欲求に駆られる。ごく原始的なプログラムのバイオモルフというものは試みられている。現代の技術ならばより自由で複雑なものを一般人に提供できるのではないだろうか。シムアースよりも４６億年物語よりもさらに実際的で多様性のあるものを。<br /><br />９０<br /><strong>幸福とは人を殺さないことである。</strong>――自殺は社会が負うべき債務である。あの世というものが存在せず、あの世からの勧誘ということを考えられない以上、現世のわれわれの行動にすべて責任があるとみなすべきだ。そして人間全体の幸福はいかに人を自殺も含めて殺していないかで測るのがふさわしい。われわれが社会の一員である以上、その一つ一つの行為が全体に影響を及ぼしている。どうして無関係を装えるのだろうか？人類全体の不幸を背負うような優しさが人にはないのか？<a name="more"></a>

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<item rdf:about="http://keik-vom-leiermann.seesaa.net/article/116198036.html">
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<title>キリスト教は邪教ではありません！『アンチクリスト』</title>
<description> われわれニーチェの読者は、次のような、ありうる四つの意味の取り違えを避けるようにしなければならない。（…） （四）最も後期の諸著作に関して（それらの著作が度を越した行き過ぎであると、あるいは狂気のせいで既に信用を失ったものであると信じ込むこと）。このようにわれらのジル（ドゥルーズ）が語っているところのニーチェの晩年の著作、『アンチクリスト：キリスト教に対する呪詛』についてである。この書に関しては講談社＋α新書より『キリスト教は邪教です！現代語訳「アンチクリスト」』という本が...</description>
<dc:subject>読むという病Ｒ</dc:subject>
<dc:creator>あしがる</dc:creator>
<dc:date>2009-03-25T14:53:08+09:00</dc:date>
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　われわれニーチェの読者は、次のような、ありうる四つの意味の取り違えを避けるようにしなければならない。（…）<br />　（四）最も後期の諸著作に関して（それらの著作が度を越した行き過ぎであると、あるいは狂気のせいで既に信用を失ったものであると信じ込むこと）。<br /><br />このようにわれらのジル（ドゥルーズ）が語っているところのニーチェの晩年の著作、『アンチクリスト：キリスト教に対する呪詛』についてである。この書に関しては講談社＋α新書より『キリスト教は邪教です！現代語訳「アンチクリスト」』という本が出ており、これはおよそ存在する中でもっとも読みやすいニーチェの本であることは確かだ。<br />しかし、原著を読み終えるにあたって、いくぶん曲がった書き方をしている部分があり（しかも肝心の部分をだ！）それがまたニーチェに対する誤った解釈を招きかねないので今回読み解きながらその点について指摘させていただく。<br /><br />まずそもそも新書の表紙だが、こともあろうにニーチェの写真と、炎上する貿易センタービルである。これではまるでニーチェがこうなるのを指示した、もしくは望んでいるかのようではないか。ドーキンスが憤る通り、かの事件に宗教が関わっていることは間違いない。しかし、この本でニーチェが成そうとしたのは「キリスト教の過ちの糾弾」であり、それは「もっとよい宗教になってくれ」という願いでもある。それを示さずにただアナーキズムを煽るのは、いかにニーチェといえども苦い顔をするに違いないのだ。<br /><br />この本においてもっとも重要な箇所が最初の章にある。原著第二節、「善悪」についての言及だ。ここでいう「善悪」とは彼が『善悪の彼岸』で文字通りあの世行きにした古い従来の意味のものではなく、独自の、新しい「善悪」概念を構築しようとしている。新書版はこうなっている。<br />「『善』とは私に言わせれば、権力への感情を、権力への意志を、権力自身を、人間において高めるもののすべてのものです。」<br />ここに最大の誤解が生まれうるのだが、この文をそのままに解釈するとおかしなことになる。「権力への感情」や「権力自身」を高めるとはどういったものだ？それはつまり権力者が乗っているロールスロイスや、豪邸を見て「おれも権力者になるぞ」と一念発起するようなことだろうか。<br />もちろんそんなはずはない。それは「悪」のほうを見てもわかる。<br />「それでは『悪』とは何かといいますと、弱さに由来するすべてのものです。」<br />こちらは理解可能だろう。弱さに由来する愚痴とか、妬みとか、諦めとか、そういったものが良くないと言っているのだ。これを裏返せば何が「善」かがわかるだろう。<br />結局は「権力」の単語がいけないのである。ドイツ語は「Macht」なのであって、第一の意味の「力」に置き換えてみると最初の文も納得がいくようになる。すなわち「力への感情」、「力自身」を高めるものとは何でもよい。おいしいケーキとか、面白い映画とか、頑張って輝いている人とか、元気が出るものを良いといっているに等しいわけだ。<br />信頼できる白水社版の訳を見てみると注釈にこうある。「権力（政治的支配欲のみを表す通俗の「権力」とは異なり、ニーチェに特有の形而上的概念で、「力」と訳してもよいが、自然的物理力とも異なるので、敢て「権力」に統一する）」つまりこの「権力」はニーチェ独自の用語なのであって、注釈なしに使うのは誤読を誘っているようなものだ。<br />もう一つ、「Macht」を政治権力と読むのを否定する証拠を挙げよう。彼は別の場所で政治権力を指すために「Gewalt（権力もしくは暴力）」という単語を使っているのだ。別の単語に同じ訳語を当てるほど愚かなことはない。彼の「Macht」を「権力」にするなら、注釈を入れるかもしくは「ごんりき」とでもルビを振って別の意味合いだと強調すべきなのである。<br /><br />注意書きが長くなったが内容に入ろう。彼は「科学（Wissenschaft）」という見方からキリスト教がいかに害をもたらしたかを指摘する。それは「真理」の問題であり、それを神に独占させることによって人々の目を曇らせたことこそがキリスト教の罪だと言っているのだ。意外かもしれないがこれは科学者がよくやるような正当かつ月並みな宗教批判である。この立場において罪は宗教全体にあるわけだが、たまたま大勢力であるキリスト教が攻撃対象になっているのだ。<br />そして哲学を所詮はキリスト教神学の延長に過ぎないと看破する。これも今や当然といえる見方だ。なぜなら科学も、学問全体が宗教の中から分離して独立したものといえるからだ。神を証明しようとして世界の構造を解き明かした科学者は過去にはたくさんいる。<br />彼がキリスト教と対置させるのは「自然」であり「現実」である。第十五節（白水社版、以下も記載なしは当版）にはこうある。<br />「道徳も宗教も、キリスト教においては、現実といかなる点でも触れ合うことがない。」<br />この部分も非常に科学的な視点を持っているといえるだろう。<br /><br />しかし、ニーチェがドーキンスらと違う点、言い方を変えれば彼の限界、は「まだ神を必要としている」点なのだ。つまり彼はキリスト教の「だめな神」ではなく、「新しい神」を持つことを提案しているのである。第十六節によると、<br />「自分に感謝するために、神を必要とする。――こういった質の神は、有益であり得るとともに、有害なものでもなければならない。友でもあり、敵でもあることが必要だ。人間は良いときでも、悪いときでも、神を讃えるものなのだ。」<br />これこそが、広く行き渡ったニーチェ概念を転換するものであり、ニーチェを宗教者として数えるべき理由の一つでもある。考えてもみよう。彼の理想としたツァラトゥストラ（ゾロアスター教のではなく、ニーチェ自作の）も宗教者であることには変わりはない。ニーチェは深く宗教的な人間なのであって、同じく道を外れたキリスト教信仰を攻撃したキルケゴールとの類似性を見る向きも、この点に関しては当たっていると思う。<br />ドストエフスキー『悪霊』のチホンも僧侶からの視点としてこう言っている。<br />「完全な無神論でさえ、世俗的な無関心よりはましです」と。<br /><br />この傾向は、本書の中盤以降になるとさらに顕著になる。彼はルナンによる「救済者」の定義を批判し、「本当のキリスト教」はこうであった、と指摘し続ける。すなわち、<br />「『福音』とは、いかなる対立ももはや存在しないということにほかならない。天国は子供たちのものである。ここで説かれている信仰は、戦い取られた信仰ではない。」（第三十二節）<br />「『福音』の心理学全体には、罪と罰の概念が欠けている。報いという概念もない。『罪』、すなわち神と人との間の距離の関係はすべて、取り払われている――ということこそまさしく『福音』にほかならない。浄福というものは約束ごとではないのだ。それは条件に結び付けられてはいない。浄福は唯一の現実である。」（第三十三節）<br />ここでは今までの姿勢はどこへやら、どう見てもキリスト教弁護にしか見えない。正確に言うと、イエスの本当に成就したかったことについての弁護である。本文のタイトルの由来もここにある。<br />そして本書のもっとも感動的な、彼の宗教性を余すことなく表している一文がこの後続く。<br />「『天国』とは心の状態のことである。（…）『神の国』は待って得られるようなものではない。そこには昨日もなければ明後日もない。『千年』経っても来るものではない。――『神の国』は心における一つの経験である。それは至る処にある。それは何処にもない。」（第三十四節）<br /><br />彼が問題にしているのは、そうしたイエスの行動および教えがいかに曲がってしまったかということであって、ニーチェはその原因をパウロに見ている。パウロがキリスト教を生き延びさせ、世界に広げるために好き勝手な解釈を付け加えてしまったというのだ。このイエス→パウロの図式は宗教においては成立時にしばしば見られることであり、日本では浄土真宗の親鸞→蓮如がこれに非常に近い。基本的に親鸞はイエスとかなり似た行動、教えをもたらした人物であり、先の第三十四節のようなことも話している。浄土は死後のためにあるのではないという話だ。蓮如はその潰れかけだった、というかそもそも宗派を興す気のなかった親鸞の教えをわかりやすくし、広めて回ったことから「中興の祖」と呼ばれる。<br /><br />新書に目を戻すと、「キリスト教は女をバカにしている」という見出しでマヌ法典との比較の節が語られているが、これは拡大解釈に近い。ここではキリスト教が生を貶める過程で誕生を担う女性や子供を軽んじていると言っているだけであって、なにしろおかしいのはニーチェ自身がものすごく「女をバカにする」人間なのである。これは弁解の余地もない。<br />実際のところ、女性、や異性、に対してバカにするとかしないとかいうのは個人的な問題が大きく関わるのであって、経験を抜きにしてこれを語るのは不可能であると言っていい。ニーチェの場合女性はむしろ「絶対に勝てないもの」として敵視し、当時のフェミニズムなんかを攻撃していたように思える。<br />要するに「おまえらがこれ以上強くなったらおれには成す術はないじゃないか」という言い草なのである。すっぱいブドウだ。彼の経歴を見ればわかる通り、激しく活動的でかつ（間違った方向だが）優秀な妹に対しては最後まで（死後も）頭が上がらず、ルー＝ザロメには彼女に鞭で打たれて楽しそうにしている写真がある。<br /><br />さて、本著は後半はひたすらキリスト教の負の歴史の数え上げに費やされる。ローマ帝国の偉大な文化をだめにしたのもキリスト教で、十字軍は東方文化に対し至極失礼な振る舞いをし、ルネサンスはルターによって息の根を止められた、と。この辺りはいささか陰謀論めいており、すべての原因をキリスト教に帰するのは抵抗があるがとりあえずドーキンスの『神は妄想である』の内容と似ているところがある、と述べておこう。<br />その中で気になるのは第五十三節の、「血は、真理の証人としては最悪である。血は、最も純なる教えをも毒し、心の妄想とし、憎しみと化す。」というところで、これは宗教が「死」もしくはその他の危険を取り込むことによって人々の支持を得ることを危惧している。基本的に伝道者は教えを広める際に生命を危険にさらせばさらすほど、価値があるとされる傾向がある。自爆テロなどもこの考えで幾分か説明ができる。<br />問題なのはツァラトゥストラの「読むことと書くこと」の節に矛盾しているように見える有名な話が書いてあることだ。いわく、「すべての書かれたもののうちで私が愛するものはその血で書かれたものだけだ。血でもって書け。そうすれば君は血が精神であることを理解するだろう。」というもので、「血」を強力なものとみなす点では共通しているが、それが肯定的か否定的かが異なっている。<br />彼の批判するものはだいたい強大な力を持っている。同情も、ルサンチマンも、信念もそうである。その利を知りつつ使わないのが体制の批判者たるニーチェである。この場合は誘惑に勝てなかったと言うべきか、実際後者の文章は魅力的であり、取り上げられることも多い。あまりそれに熱狂的にならないようにすべきである。<br /><br />もう一つ触れておきたいのは第五十五節、「嘘と信念」についての言及だ。ニーチェは「嘘と信念との間にはそもそも対立というものがあるだろうか」と言い、二つは同じものではないかと考える。それを理解するには嘘の定義およびパースペクティヴの概念を念頭に置くべきであって、嘘については「私が嘘と呼ぶのは、見えるものを見まいとすること、あるいは見えるように見まいとすること、これである。」という、見方を変えれば「信念」ともとれる言い方をしている。つまり視点の問題なのであって、「カラスは白い」という事実に反することを信念によって信じている人は、端から見ると嘘つきに見えるという、こういうことなのだ。<br />以前、人間は自分も信じられないような嘘はまずつかないゆえに嘘というものは存在しないと言ったことがあるが、嘘に見えるものは信念であるし、信念に見えるものは嘘でもある。あとは肯定的に受け入れられるかどうかや、その信念の持つ大衆性のいかんに左右されるのだろう。<br />もう一つ彼が言いたいのは嘘が「信念」として形を取っている状態ではもはや何を言っても嘘にはなりえないということである。信念のあるところに嘘はなし、とでも言えるだろうか。原著にはこうある。「（僧侶が）口にするような事柄の中には、嘘をつく余地がまったくない。嘘をつくためには、ここで何が真理であるかを、みずから決定することが出来なければならないからである。しかし、そんなことは、ほかならぬ人間には出来ない。出来ない以上は、僧侶は、神の意を代弁する口たるに留まるのである。」<br /><br />最後に、冒頭で述べた政治権力としての「権力」について、それについて書かれている章を狡猾にも飛ばしたと言われないために取り上げておこう。本書でもっとも長い、第五十七節である。<br />ここは思わず目を背けたくなるような箇所であり、実に差別的な政治体制が説かれている。カースト制度を「生そのものの最上の法則を定式化している」と呼び、民衆は三つのカテゴリーに分類されるべきだと述べている。選ばれたエリートと、それを助ける法および力の番人と、その他大勢である。エリートは特権的なものであって、精神的に優れていなければならないと言っている。<br />ここで気づくのは、これは厳密なカースト制度ではないということだろう。なぜなら「生まれ」という要素がまったく触れられていないからだ。ニーチェはどうやってこの三つに人間を分類するかについて説明していないし、説明できないのだろう。<br />だからこの制度はカーストというよりも中国の天子思想、すごく徳の高い人間がどこからか出てきて、国を支配したらいいじゃないか、というものに近いように思える。そしてその天子を誰が決めるかという問題は未解決のままである。<br />もう一つ、下層民に対してもフォローがなおざりである。カーストにあるように当然人民統制のために全ての権利を奪われた階級を作るべきだと支配者なら考えるだろうが、ニーチェはその他大勢はまあ好きにやってくれと言い、その「中庸さ」は上部の層を維持するのに必要だとまで語っている。そしてその大勢は中庸が幸福であり、歯車としてうまく働く役割を果たしている。<br />これはむしろ危険な社会制度というよりは、現代に対する一つの不気味な予言としか思えない。「一億総中流」というのはまさにこれではないか。誰もニーチェの教えに従って革命など起こしていないのにこうなってしまったのはどこに責任があるのか？<br />したがってニーチェのこうした提言に対し危険思想だ、とか悪魔的だ、とか批判するいわれはどこにもない。ただ彼はその状態を赤裸々に描いているだけなのだ。すべきことはこの指摘を無視せず、問題だと思ったら改革すればいいし、これが理想だというなら（今や過去のものだが）甘受すればいいだけのことだ。<br /><br />総じて、ニーチェほどいろいろなことを言い、さらにそれが曲がって伝わっている人物はいない。新書サイズの本一冊ですら、これだけ多くのことが出てくることからもわかるだろう。<br />この本でも他の本でも、彼が成し遂げ、成し遂げられることを望んでいたことは一言に集約される。それは『アンチクリスト』の最後の一文でもある。すなわち、<br /><br />全ての価値を転換せよ！<br /><br /><a name="more"></a>

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<title>まぬけのウィルソンのカレンダー：３月の２</title>
<description>「I'm an outsider, outside of everything.」少し格好つけすぎだが、印象に残る言葉だ。７１一言で人を語る。――彼が『偶像の黄昏』でやっていたのを真似して、一言でその人物作品を描写しようと試みる。指し当たって漫画家でやってみよう。むろん、取り上げる価値のある人物のみを述べる。押切蓮介。恐怖をもたらし、一方は救いをもたらすものとしての力の二面性。福満しげゆき。近視の目で全世界を語る。美川べるの。ギャグ漫画の唯一の正統伝承者。岩明均。死は瞬間であ...</description>
<dc:subject>まぬけのウィルソンのカレンダー</dc:subject>
<dc:creator>あしがる</dc:creator>
<dc:date>2009-03-19T15:49:57+09:00</dc:date>
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「I'm an outsider, outside of everything.」<br />少し格好つけすぎだが、印象に残る言葉だ。<br /><br />７１<br /><strong>一言で人を語る。</strong>――彼が『偶像の黄昏』でやっていたのを真似して、一言でその人物作品を描写しようと試みる。指し当たって漫画家でやってみよう。むろん、取り上げる価値のある人物のみを述べる。<br />押切蓮介。恐怖をもたらし、一方は救いをもたらすものとしての力の二面性。福満しげゆき。近視の目で全世界を語る。美川べるの。ギャグ漫画の唯一の正統伝承者。岩明均。死は瞬間である。新井理恵。意識の迷宮の彷徨。大和田秀樹。世界は派手さを求め面白くなる方向へ。古賀亮一。笑いの百科事典、ガトリング砲。増田こうすけ。パラレルワールドの開示者、スウィフト的な。施川ユウキ。思考のみ存在する世界、哲学者。西岸良平。顔が表現するノスタルジー。桑田乃梨子。一般人とだめっこの混合の試み。古谷実。笑いに引き立てられる孤独と絶望。最後に浅野いにお・・・は良い表現が見つからないのだが、漫画界の未来をその肩に背負っている人物である。<br /><br /><br />７２<br /><strong>科学のマイナス。</strong>――科学のマイナス面は、もはや世界について考えさせてくれないことである。説明のなかった昔に比べ、説明されている世界で疑問を見つけることの難しいこと！もちろん過去においても世界は（創造神話などの方法で）説明されてはいたのだが、現代の科学はずっと支配的な力を持っている。これが科学者を育ちにくくさせるのはもったいないことだ。<br /><br />７３<br /><strong>世界を広げるには。</strong>――世界が広がるとは帰納的に造られた常識に対する例外に出会うことである。自らの常識を構築しないですべては良い、のような態度はいささか危険だ。<br /><br />７４<br /><strong>絶対音感。</strong>――これほど人間的な規定があるだろうか？音階は唯一のものではなく恣意的に定めたもので、「絶対」を読み取れるようになるのは単にそういった訓練を積んだからに過ぎない。ある本によるとそもそも日本以外ではこんなもの存在していないというのだ。これで音楽を理解した気になっている人間はその奥へ踏み入ることはできない。<br /><br />７５<br /><strong>ゲームの神話性。</strong>――ゲームの神話性とはただ単語の引用元としての神話（オーディーンとか）にあるのではない。例えばドラクエ１では、システム的な都合から橋を渡ると敵が強くなるようになっている。これは民話などの分析でよく語られる橋＝異世界の入り口もしくは境界というモチーフにそっくりである。われわれがそれを意識しないのは橋を架ける苦労や境界の感覚がないからなのだが、ドラクエはそれをうまく保存してくれている。<br /><br />７６<br /><strong>日本語の特性。</strong>――この文章を構成している言葉について、ひとつ顕著な、よその言語で未だ発見できていない特徴がある。それは語尾によって文の意味が作用されることである。われわれはその例をしばしば見ている。「～っス」とか「～だワン」とか「～りゅん」とかその模索の過程は果てしなく、文章においても（笑）などは文の強さ、性格を規定する。外国語においては付加疑問文のようなものはあるが、常につけて個性を表現する類のものは見つからない。宮沢章夫によると「ナンチャッテ」と「ダヨーン」は違い、前者は文の意味に左右するが後者は文を脱構築するらしい。なんとも深遠な分析ではないか。<br /><br />７７<br /><strong>この世界はどうなっているのか。</strong>――カエサルという名の猿がいる。プラトンという名の豚がいる。サルトルという名のふきんがある。サルトルは『１、２のアッホ！』で猿としても登場していた。次はスピノザという名の映画館か、トマス・アクィナスという名の秋茄子か？<br /><br />７８<br /><strong>集団の愚。</strong>――ジャンプ漫画はとにかく協力すれば何でもできるということを主張し、それは一理ある。しかし一方集団の愚も確実に存在する。その良い例が大学である。ひとつの授業にあれだけの人数がいれば、誰かが遊びに行こうと言い出すもので、個人としては優秀なのに群の中に入ると愚かな決定に従ってしまうものである。ドーキンスも同様の事を持ち出し、陪審員制度を批判していた。これは要するに頭の働きについての問題なのである。岩を運ぶのだったら人数は多いほうが良い。しかし、大人数が参加して良くなった小説はない。集団で愚かなことをやる会議も裁判も、止められるのは個人のみなのである。<br /><br />７９<br /><strong>小咄。</strong>――「『山羊』は『ヤギ』でしょ？じゃあ『羊』は『ギ』？」と言った人がいた。この話からわかるのは山羊は二次的な名称であって、アライグマなどと同様日本では馴染みの薄い動物だということである。<br /><br />８０<br /><strong>しるしを読むことの難しさ。</strong>――エリアーデは「シンボルはその意味が意識をのがれているときでさえ自己の伝言を伝えてその機能を果たす」と言った。つまり本人の意図しないことをも伝えるためにシンボル解釈は意義があるのであって、一方大学の先生が言った「あるシンボルにまったく意味がないということを証明するのは不可能である」というのもある。しるしに気づかないのも問題だが、多くを読み取りすぎると邪推や占いとなってしまう。難しいところだ。<a name="more"></a>

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<title>まぬけのウィルソンのカレンダー：３月</title>
<description>ただ憧れを知る者だけが。６１「真の音楽」の定義。――音楽の本質というものは、聴覚以外の要素を排除するとすれば一つということになるだろう。だがしかし、不思議とそういった「純粋音楽」が芸術として成立している例は見られない。どんなライブでも、目をつぶって聴くことを要求されることはなく、オーケストラもオペラもゲーム音楽もビジュアル系も、最後のはその名前からも顕著だが、視覚やその他の感覚に拠るところが大きい。だが逆に、演奏対象がいなくてもオーディオやMP3プレイヤーで音が作れるようにな...</description>
<dc:subject>まぬけのウィルソンのカレンダー</dc:subject>
<dc:creator>あしがる</dc:creator>
<dc:date>2009-03-11T16:37:04+09:00</dc:date>
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ただ憧れを知る者だけが。<br /><br />６１<br /><strong>「真の音楽」の定義。</strong>――音楽の本質というものは、聴覚以外の要素を排除するとすれば一つということになるだろう。だがしかし、不思議とそういった「純粋音楽」が芸術として成立している例は見られない。どんなライブでも、目をつぶって聴くことを要求されることはなく、オーケストラもオペラもゲーム音楽もビジュアル系も、最後のはその名前からも顕著だが、視覚やその他の感覚に拠るところが大きい。だが逆に、演奏対象がいなくてもオーディオやMP3プレイヤーで音が作れるようになった現代では、聴覚要素だけの音楽を考えやすいといえるのではないだろうか。そのような音楽の良いものとはたとえば、そこら辺のオッサンが歌ってもすばらしいと思える歌、などだ。なかなか難しい基準なのがわかるだろう。<br /><br />６２<br /><strong>目に映るものを第一とする支配的傾向。</strong>――それと関連して、古今東西のほとんどの人は視覚イメージに大きく頼りすぎているように思える。たとえば偶像崇拝の禁止などは、音の中に神が見出せる人にとっては何の締め付けにもならないはずだ。「心の中の神」VS「目に見える神」という対立関係はあまりに単純に思える。音や匂いの中に神がいたっていいはずだ。<br /><br />６３<br /><strong>今日の一言。</strong>――「圧倒的な情報量にどっぷりつかると、画期的な発言に繋がることが多い。」発言者はピーター・アトキンス。<br /><br />６４<br /><strong>ちょっとした話の種。</strong>――金魚が水面で口をぱくぱくやっているのは誰もが見たことがあるだろうが、それは酸素を取り込もうとしてだと説明されるだろう。すると金魚は肺呼吸をしていることになる。これは意外と驚くべきことではないか？<br /><br />６５<br /><strong>誰もが自分を基準にする。</strong>――考えてみるとわかることがいろいろある。切符の販売機の「投入金額が不足しています」の執拗な音声にいらいらさせられることは多いが、あれは画面の見えない人のための案内なのであって、あんなものはいらないなどと文句を言う人は共感能力に欠けているということになるだろう。<br /><br />６６<br /><strong>騙され心理学。</strong>――そこらで手に入る心理学の本もしくはマンガなどでよく出てくる「釣り橋効果」というものがあって、相手に好意を持たせるテクニックだと言っている。しかしなぜ逆の可能性、相手に対する興奮をその場の興奮と取り違えるケースについては述べられていないのだろう。つまりドキドキするのはジェットコースターに乗ったからであって隣の人のおかげではないと思うような。本に騙されて泣きを見る連中の顔が目に浮かぶ。<br /><br />６７<br /><strong>小説の難しさ。</strong>――小説はツアーの旅行に似ている。奈良の大仏のような目的地にたどり着ければその道中はどうでもいいというものではなく、行って帰ってくるまでの過程もツアー客＝読者を楽しませなければいけない。別におしゃべりに夢中で肝心の大仏＝テーマはほとんど素通りでも面白いものは面白いのだ。<br /><br />６８<br /><strong>超困る日本語の変容。</strong>――「超人」という単語の誤った取り上げられ方には以前も触れたが、これはそもそも「超」が「メタ」のような「～より上部の」という意味を失っているのが原因のようだ。「超現実」は「すごいリアル」という意味ではない。だから「超人思想」のような妙な使い方が発生するわけだ。ウォーズマンとかぶらないようにするためにも（この理由はわりとどうでもいいが）ニーチェの「超人」は別の単語にすべきだ。だが「外人」「上人」はもう別の意味でふさがっているし、「乗り越えられた人」を表すよい表現はなかなか見つからない。<br /><br />６９<br /><strong>魔王に気をつけろ。</strong>――最初に訳した人の変な訳といえばシューベルトの歌曲で有名な『魔王』もそうだ。あれは原語から考えるとせいぜい「樹王」ぐらいが適切で、その大げさな響きで子供時代インパクトを受けている人も多いようだ。ちなみに魔王というのは悪魔と同様西洋的な単語だ、と思うのは間違いである。アスモデウスやバアルと並んで、日本にも魔王がいた。山ン本五郎左衛門（さんもとごろうざえもん）と名乗ったやつだ。なんとも親しみやすい名前の魔王ではないか。江戸時代の人も捨てたもんじゃない。<br /><br />７０<br /><strong>効率化のその先。</strong>――一つの比喩として興味深い話をしよう。カタユウレイボヤというらしいciona intestinalisは、幼生のころは運動をして栄養を採るので脳を必要とするが、いったん適所を見つけて固着生活に入ると、エネルギー面で負担の大きい脳を自分で食べてしまうという。これが何を示唆するかはもうわかるだろうから詳しく解説しないが、カタユウレイボヤにならないようにとだけ言っておこう。<a name="more"></a>

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<title>まぬけのウィルソンのカレンダー：２月</title>
<description>中休み。５１科学の創造性について。――われわれはニュートンや、ガリレオに比べてはるかに頭が悪い。彼らの特筆すべきところは、常識的な感覚に反する物事を証明したことである。その実験は、今見てみると誰でもできそうなことだが、そこに到達する信念は容易なものではない。例えばガリレオ。重いものと軽いものを持ったときに、重いほうがより強く下に引っ張られており、その結果落としたときの速度も増すと考えることは、慣性の法則から言ってもごく常識的なのではないか？重いほうがたくさん力が加わっているよ...</description>
<dc:subject>まぬけのウィルソンのカレンダー</dc:subject>
<dc:creator>あしがる</dc:creator>
<dc:date>2009-02-19T21:09:59+09:00</dc:date>
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中休み。<br /><br />５１<br /><strong>科学の創造性について。</strong>――われわれはニュートンや、ガリレオに比べてはるかに頭が悪い。彼らの特筆すべきところは、常識的な感覚に反する物事を証明したことである。その実験は、今見てみると誰でもできそうなことだが、そこに到達する信念は容易なものではない。例えばガリレオ。重いものと軽いものを持ったときに、重いほうがより強く下に引っ張られており、その結果落としたときの速度も増すと考えることは、慣性の法則から言ってもごく常識的なのではないか？重いほうがたくさん力が加わっているように見えるのだから。それを疑ってみるということは並大抵の発想ではない。同様に、見て観察する限りでは太陽は地球の周りを回っているに決まっているのだ。それが逆だなんて、どうして思いつけよう？地面は微動だにしない（ように感じられる）というのは常識だ。綿密な観察を続けて決して地動説を認めようとしなかったティコ＝ブラーエをわれわれは笑うことはできない。科学の発展に重要なのは発想の飛躍と異端の考えへの信念であり、それは詩や文学の創造に比肩しうる（それ以上だと思う人もいるだろうが）ものである。<br /><br />５２<br /><strong>情報という概念の使い方。</strong>――今まで何と言って表現したらよいのかわからなかった物事を説明するちょうどいい言葉を発見した。それが「情報」である。それは価値ある情報と「冗長」なものとの区別によって知識の新しさを判断するやり方で、デジタル技術などはこれを基にしている。例えば「赤信号が青信号に変わった」は冗長な文である。「赤信号が青に変わった」もしくは「信号が青に変わった」と重複する情報を省くことによって効率化を図ることができる。しかし、冗長とは無駄ではない。単なる「青に変わった」になるとほとんど意味が取れなくなってしまうように、繰り返すことによってエラーを防止する役割を冗長性は持っている。伝えるうちに一ヶ所読めなくなっても別の部分に照らし合わせれば復元できるわけだ。さて、何が言いたいかというとわれわれは日常で得ている情報の価値をもう一度計算してみるべきなのだ。テレビでも映画でも冗長なものはひとたび理解すればもう繰り返し見る必要はない。これが顕著なのはジャンプの漫画だ。いくらかのパターンを見つけると、ほとんどがこれによって説明できてしまう。「友情努力勝利」とか「誰かが死んだらパワーアップ」とかである。その外見のみ異なり内実は大差ない様子はあたかも品種は様々なのに種としては同じであるイヌ(Canis familiaris)のようだ。とにかく似たようなことが書いてある本は読む必要がないし、同じことの繰り返しのテレビは見る意味もない。この文章も冗長、というより余計な情報を書きすぎているのでまとめると、「無駄なものはない。ただ冗長があるのみ」ということだ。<br /><br />５３<br /><strong>笑いの錯誤。</strong>――芸人のお決まりの持ち芸というものには、原因と結果の錯誤が働いている。ある意外な行動、言動をして笑いを取れたことがその意外性ではなく、その動作そのものに面白い要素があったと勘違いするために、流行の持ち芸が出てきてしまうのだ。相手がこうすると思っていてその芸が出ることには意外性も何もない。ただ「以前も面白かったから今回も面白いのだろう」と思って笑っているだけなのである。笑いとは頭の中の常識が意外な事態によって侵食されることに対する反応のひとつである（例えば「バイトの面接」というシチュエーションで変な行動をとる人物が登場するなど）。だが大勢の人間はそうでない状況でただ流れにより、周囲に合わせて笑っているだけなのである。最近のマンガは『ギャグマンガ日和』のエピゴーネンがやたら多く見られるが、これもただあのつっこみ方が面白い理由だと勘違いして形式を真似ているだけであり、中身のないものである。大事なのは意外性だ。<br /><br />５４<br /><strong>笑いについて。</strong>――毎日の生活で笑えない人は喜劇を求めるのかもしれないし、悲劇を好む人は単に日常で悲しまない人なのかもしれない。<br /><br />５５<br /><strong>手の込んだ言い逃れ。</strong>――哲学的な思考はうまくすると、とても便利に人を煙に巻くことができるが、それは現実に直面した瞬間に効力を失う。例えばこうだ。数学の教師に対して「私は三角関数がわからないが、わからないことを知っている。しかしあなたは何がわからないか知らない」と言えばその場は言い逃れられるかもしれないが、三角関数のテストで点が取れないことに代わりはない。「抜き打ちテストは存在しない」のパラドックスもこの類型だろう。喜劇の種にはなるかもしれないが。<br /><br />５６<br /><strong>自分たちを「平等」と考えることの危険性について。</strong>――『学問のすすめ』が言っていることの焼き直しだが、平等とは結論でなく出発点であるべきものである。「誰がなんと言おうとわれわれは平等」という考えを固辞することは、現実の差異から目を逸らせる危険な傾向である。手を繋いでゴールする徒競争の都市伝説のように、最終的な位置において平等を強調することはまったく意味がない。「君は不利な立場にいるかもしれないけど、人間は平等なんだからみんな一緒だ。我慢しよう」などと、平等を強い者が権利を正当化するのに使ってはいけない。<br /><br />５７<br /><strong>差別の起源について。</strong>――それを考えるのには、子供に目を向けるとわかりやすいだろう。子供は優れた比較能力をもっており、異質なものを発見すると指摘せざるを得ない。家庭環境が異なるとか、どもりがあるとか、行動がぎこちないなどの変異をありのままに報告するために、それが差別、子供の場合はしばしばいじめへと繋がるのである。大人の社会にこれが少ないのは、ただ正直さに歯止めがかかっているからに過ぎない。よって差別それ自体は自然なもの、本能的なものといえるのだが、それは差別の存在を容認することを意味しない。自然なものに逆らってこそ文明なのである。<br /><br />５８<br /><strong>文系の危険。</strong>――いわゆる「文系」の中には、ものごとの仕組みを驚くほど理解しようとしない人がいる。それは何もパソコンなど機械に限ったことではない。極端な人はリュックサックの長さ調節の仕組みすらその範疇に入るのである。こういった人は逃げがうまく、「コンピューターリテラシーがないから」などと自慢そうに言ったりするが、リュックサックの例からわかるように、そういった人間はパソコンの登場以前にもいたのだ。もちろんそんな思考法による利点も多いのだろうが、もう少し自己を認識してほしいものである。<br /><br />５９<br /><strong>陰口の価値。</strong>――抱いた悪意を解消される方法として、陰口というものは大きな役割を果たしている。この一見陰湿なやり方は、その悪意が蓄積されて爆発するのを第三者に話すことによって未然に防いでいるのである。「○○課長のバカヤロウ」と言うのを我慢してそれが憎しみに変わるよりは、同僚がそれを聞いてやるほうがいいのである。<br /><br />６０<br /><strong>信用されるには。</strong>――人に信頼されるのに必要なことは、安定していることである。いつ頼っても悩みを落ち着いて聞いてくれるというような安心感が信頼を生むのであり、連絡してもちゃんと返事ができるかどうか、生きているのすら危うい人間は信頼されない。しかし安定しているというのは把握しやすい、シンプルな人間だということも意味しているのであって、そうでない人のほうが深みがあり面白い、ということもあるのだろう。<a name="more"></a>

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<title>うしろの世界を見たいなら ３～４日目</title>
<description>続きです。</description>
<dc:subject>短編小説</dc:subject>
<dc:creator>あしがる</dc:creator>
<dc:date>2008-12-24T15:40:22+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
続きです。<br /><br /><a name="more"></a><strong>３日目の朝</strong><br /><br />　夢を見た。疲れているときは奇妙な夢になりやすいものだが、まさに悪夢だった。<br />　荒野にいた。見渡す限りの大地と青い空。どこまでも歩いて行けるように見える。果てを目指して走り出す。風を切って景色が飛んでゆく。しかし終わりは一向に見えない。空が赤く暮れてきても景色は変わらない。はっとして立ち止まり、座り込む。するとどこからか、声が聞こえてくる。「まともな人なら、もう一度繰り返したいなどとは望まないだろ？そんなことをするくらいなら、まったく存在しないことを選ぶ方がはるかにましだろ？」その声が聞こえた途端、もう立ち上がれなくなってしまった・・<br />　そして目が覚めた。覚めてもまだ夢の中にいるような気分だったが、次第に心が落ち着いてくると、２日目の出来事について思い起こしてみた。あそこにいた人物から世界は繰り返していると言われた。そしてそれは至極当然のことだと。<br />　確かに今思うとすべて終わって、その後何もなくなると考える方がナンセンスだ。よくアニメで攻めてくる宇宙人が地球を破壊しようとするのがおかしいのと一緒で、そんなことに何の利益もない。逆に、滅亡する世界を救うのは何となくできそうなことだが、滅んだあと再生するのをやめさせるなんてことはおよそ途方もないことに思える。見通しは絶望的だ。<br />　そして「今回も」と言っていたことから今までにも何度となく失敗しているのではないか？これが一億回目だったら今回の運命もまず決まっているのではないか？<br />　いや、まだ時間はある。それに他の人とは違い、繰り返すことに気付いているだけ、ループの外に出る可能性があるはずだ。彼の言う「資格」とはもしかして、そのことかもしれない。<br />　あの子供が絶対的な何かだというのはわかった。今日はどうにかしてあいつ以外から糸口を見つけて、裏をかいてやる。<br /><br /><strong>殴り書き：昼</strong><br />　また鐘が鳴る。それを聴くと、人の話し声がみんな同じ、機械じみた声に聞こえだした。注文を取りにきた店員がロボットのように感情なく話している。さっさとここを出よう。<br /><br /><strong>３日目の夜</strong><br /><br />　希望が少し見えてきた。仲間が見つかった。それも同じ立場の、つまり繰り返しに気付いている人達だ。<br />　昼を過ぎ、もはや仕事に戻る意味を感じなかったので、携帯の電源を切って街を放浪していた。景色の歪んだ交差点に充満する人、映し出される宣伝、話し声は機械となって耳に届く。この光景も永遠に続いていくのか？<br />　そんな中で、スピーカーから演説が響いていた。路上の白いバンから発せられているらしい。この時期多いよな・・・と脇を通り過ぎた時、その文句に足が止まった。<br />「あなたたちは気付いてない。この世界は造られた偽りである。うしろにある世界こそ現実なのだ」<br />「このまま滅びを待つだけでよいのでしょうか。わたし達と方法を見つけましょう」この声は若い女性のものだった。<br />「世界が終り、再び繰り返すまで<span style="color:#FF0000;">あと４日</span>しかないんだ！同志となる人は集え！」<br />　順番にスピーカーに語っている声の主、この連中こそ紛れもなくあの世界を見た人達だ。そう確信すると思い切ってその車に近付き、ドアを叩いた。<br />　演説が突然止むと中から疑わしげな表情の中年男性が現れた。スーツを着ているのでサラリーマンに見えるが服はしわくちゃで、禿が進行した髪は何の手入れもされていなかった。<br />　こちらが何か言うのを待っているらしいので手短にキーワードを話す。白いオフィス、座る子供、繰り返す世界、鐘の音、とそこまで言ったところで相手の表情は急に晴れやかになり、こちらを引き寄せると両手で肩をぽんぽんと叩いてきた。<br />「よく来てくれたね。また一人同じ境遇の人が見つかって嬉しいよ」中年男性は穏やかに話した。運転席にいる背は高くないが筋肉質の男が大きくよく通る声で続ける。<br />「昨日からやってんだけどよ、来るのは苦情ばかりで誰も仲間が来ねえの。通りにはこんなに人がいるのにさ」彼はいかにも活動家といった、仲間意識を植え付けるような喋り方で、説得などいかにも得意そうだった。<br />　とりあえずわれわれの集会場所に戻りたいが来てくれないか、と言われたので承諾し車に乗り込んだ。<br />　端から見てればこんなに怪しいやり取りもないだろう。例の共通事項さえなければ、決して道端で会った人について行ったりはしないものだが。何に参加させられるかわかったもんじゃないだろう。<br />　車にはもう一人、二十台位の髪の長い女性が乗っていた。彼女の説明するところによると、先ほど出迎えた中年男性は彼女らの所属する「うしろの世界解放同盟」という団体の発足者らしい。もう一人の威勢のいい男は間島といい、昨日車に乗り込んできて半ば強引に仲間に加わったという話だった。不思議と、彼らの話には正午の鐘の影響がほとんど出なかった。<br />　彼らの事務所は実のところマンションの一室で、中年男性、永倉の自宅らしい。何せ２日前にできたばかりで、場所を借りる時間もないから、と彼は笑って言った。<br />　そこは家具と本棚以外はほとんど何もない部屋で、唯一壁には絵画がかけられていた。その絵には海を臨む崖が描かれており、数名の男女がそこに立ち、海の向こう側から溢れてくる光を見上げている構図となっていた。<br />　既に部屋には一人の男がそこが音楽サークルの部室かのようにエレキギターを抱えて一心不乱に練習しながら待っていた。彼はいかにもバンドマンという無造作な外見の男で口ひげを好き勝手に生やしており、窪んだ目と痩せ細った体、煙草でかすれた声が見る人に忘れがたい印象を与えた。<br />「またもや、暗そうなやつを連れてきたもんだ」とギター男は開口一番皮肉を言った。俺のことはシュンと呼んでくれ、と言い（なんだか書くのが恥ずかしいがそのまま記す）、先ほど車に乗っていた女性、遠山千恵と一緒に今日ここへ着たばかりだと述べた。<br />「新しいメンバーも加わったことだし、改めてわれわれの目的を述べよう」全員がテーブルを囲んで座ったのを見ると、永倉が話し出した。彼は３日連続であの部屋にたどり着いてるんだぜ、と隣のシュンが耳打ちした。<br />「君たちも共通して体験していると思うが、われわれは不可思議な世界へ迷い込み、そこで世界が終わると告げられた。これは事実であって、その後この世界は新しく始まり、永遠にその円環を繰り返しているのだ。私も、もう何度となくこの苦しみを味わってきたのだと認識している」彼の隣では遠山が感心したふうに頷いている。どうやら永倉に非常な尊敬を抱いているようだ。<br />「しかし、その鎖を断ち切り、世界を変革する方法がないはずはない。われわれにはその資格があるに違いないのだ」世界を変革する、のところで聞いていた間島はおーっと歓声を上げた。<br />「その願いを同じくする仲間がこれだけ集まってくれた。君たちには感謝しているよ。一人ではできなくとも、協力すれば成し遂げられることはある。われらで、真実を見つけようではないか！」ここまで言い終えると彼は疲れたように椅子にもたれかかった。その後は自由に情報交換をすることになったので、事情を最も知っていそうな永倉に話を聞いてみた。<br />　それによると、あの白い部屋はそこの住人が「うしろの世界」と呼んでいる場所で、あらゆる日常の背後に常に存在していて、表の世界とは時間の流れは完全に独立しているらしい。私が思うにあの部屋は単なる玄関口であって、部屋の主の背中にあるドアを通った向こうにはもっと広く快適な、生活のできる空間があるのではないか、と永倉は語ってくれた。<br />「つまり天国みたいなもんなんだろ」と間島が口を挟んだ。「神サマが住んでいるところなんだから」<br />　その発言に対して彼は、あれを神と呼ぶのかはともかく、「うしろの世界」の秘密を探るのは最重要事項だろうと答え、遠山はそれを熱心にノートに書き写していた。間島が続けた。<br />「ともかく、ぼーっとしてたら俺らの記憶もみんな元に戻されちまう以上は、何とかしてあちらの世界に行かなきゃいけないわけだ」<br />「いや、昨日あそこにいた子供に気になるから奥も見せてくれって頼んだら、それはできないってあっさり断られたぞ」シュンが言った。<br />「それが何だってんだ。そいつをやっつけて、ドアをぶち破ればいいだけの話じゃねえか」間島が腕を振り回しながら叫んだ。<br />「それはできない。できないはずだ」永倉が静かに反論する。<br />「どうしてわかるんだよ。誰もやってみてないんだから、やらなきゃわからないじゃねえか」激して永倉につかみかかろうとした間島をなんとか惇が制止した。<br />「乱暴なことはやめてください。永倉さんの話を聞くと、すべきことはそれじゃなくて別の方法であの世界に行く手段を考えることだとわたしは思います」その考えに、永倉も無言で同意を示していた。<br />それじゃあ間に合うかどうかも定かじゃない、さっさと行動を起こすやつが成功するんだ、と間島は不満そうだったが、その場は一旦収まった。<br />　その後は雑談になっていったので詳しくは書かないが、ここまで活発に話し合ったのは久しぶりだった。全体的に彼らは今の世界に不満を持っており、恨みやら妬みやら否定的な思考に偏りがちだったが、そういった者同士で話が合うようだった。<br />　時間も遅くなったので帰るというと、永倉が送ってくれるというのでその好意を受けることにした。帰りの車の中、彼はしばらく押し黙っていたが、おもむろに自分の境遇について語りだした。<br />「私の人生は苦しみの連続だった。妻も子もおらず、冒険をするのが怖くて安易な道安易な道を選んできたので今となっては後悔の毎日だ。私には若さもない。ただこの人生の落日を繰り返し味わわされるのが現実だとしたら、そんな世界に期待できることは何もないと思わんか？こんな世界では、あれが欲しいとかこれをしたいなんて感情はさっさと諦めてしまった方が楽に過ごせるのだよ・・・」<br />　その気持ちはわかりますと答えると彼は弱弱しく微笑んだ。「一緒に『うしろの世界』へ到達しようじゃないか。心配せずとも私には確信がある。また詳しく説明するよ・・・」<br /><br />　そうして明日も訪れることを約束して彼に別れを告げ、自宅まで戻ってきた。残念なことに今日は例の世界からはお呼びはかからず、３日目の活動はこれまでのようだった。<br />　今回得られたものは大きい。１日目や２日目のことは正直単なる夢か、妄想なのではないかと思うところはあったが、そうでなく、自分以外にもこういった事態を味わっている人間がいることが明らかになっただけでも励みとなるというものだ。<br />　あまり自分の考えを伝えられていないが、もう十分に書いたと思うので、ここらで筆を置いて続きは明日に託してもいいだろう。<br /><br /><strong>４日目の朝</strong><br /><br />　昨日出会った集まり、「うしろの世界解放同盟」にはたくさんの人がいた。みんな共通して、ここではないどこかを求めていた。特に指導者的立場の永倉はこの生活と繰り返しに倦んでおり、もはやこちらの世界などどうでもいいような目つきで事象を眺めていた。<br />　彼らが求めていることはあの神出鬼没な「うしろの世界」の秘密を解明し、このループをなんとしてでも阻止すること。それは、こちらの考えていたこととほぼ一致する。<br />　ではああやって仲間を作ることでわかることはあるだろうか。一つ見えてきたのは、永倉が顕著なように、この世界に対して疑問を抱いている、別の世界の方がもっと素晴らしいのではないかと思っている人に「うしろの世界」は開かれる傾向にあるようだ。当然、昨日の次は今日で、今日の次は明日でと世界が続いていくことに何の懸念も持たない人はこういったことは信じもしないであろう。<br />　そして思い当たるのは、そういった中でも表の世界に対する嫌悪感が最も強くなった時に扉は出現していたのではないだろうか。このことは「うしろの世界」の核心に到達するための重要な糸口のような気がするので今日早速伝えてみることにしよう。つまり、この世界を憎めば憎むほど、もう一つの世界が近づいてくる。すると尚更この世界に魅力を感じなくなり、ますます「うしろの世界」に惹き付けられる・・・というのは何か後戻りのできない道のように思えるがそこを歩むしかないだろう。扉は叩いた者にのみ開かれるのである。<br /><br /><strong>殴り書き：昼</strong><br /><br />　まるで耳元で鳴らしたかのような鐘の音がどこへ逃げても聞こえてくる。よく考えたら、こんな現象に見舞われている時点で十分異常なのに、もはやあまりおかしいと思わなくなってきているようだ。<br />　今日のはシンプルだ。世界が傾く。あまり極端に傾くようだと、真っ直ぐ歩くことも難しくなりそうだ。端から見たら、どんな人間に見えることだろう。<br />　これから、「うしろの世界解放同盟」の会合場所へ行ってみる。<br /><br /><strong>４日目の夜</strong><br /><br />「うしろの世界」解放のやり方について対立が発生した。元々出会って間もない人達なので調和は望みがたいものだったが、目的は同じでも考え方というのは違ってくるものらしい。<br />　部屋に着くとにわかに険悪な空気が漂っていた。間島が独自の計画実行のために迅速に準備を進めていて、そのための道具がテーブルの上に並べてあった。カッターナイフ、ロープ、ジッポーの油とライター。すぐに手に入るのはこれだけだったらしい。その他に、スパナやバールなどの鈍器が手持ちのナップサックに満載されているようだった。<br />　これであとは「うしろの世界」へたどり着く方法さえわかればすぐにでもあいつをぶちのめしにいってやるのに、と得意気に語っているのを見て、朝気付いた「うしろの世界」の出現法則を伝えてみることにした。<br />　それを聞くと、間島は椅子から飛び上がって答えた。<br />「それだ！俺があそこに行ったのも、所属していた資本主義に反発する団体が解散しちまって、力を注ぐ対象が見つからなくて途方に暮れてた時だった」<br />「その見解には同感だ。俺の場合もだいたいそのような状況だった」シュンはそう言うと、周りを見渡し同意を求めた。遠山は黙っていたが、永倉はしばらくすると重い口を開いた。<br />「私もそのことはわかっていた。ただ、あの部屋から行くのでは駄目なんだ。彼の考えにふさわしい者にのみ扉は開かれる。彼は絶対者であって、力でもって反抗するのは愚かな行為だよ・・・」これを聞くと間島は依然興奮したまま、その喜びの半分を憤りに変えて怒鳴った。<br />「あんたはそれを知っていたのに話さなかったんだな？ええい、そんならもう何も期待しねえ。行き方はわかったんだし、俺が一人で片をつけてきてやる。あんたらはここでお祈りでも捧げてるんだな」そう言うとテーブル上の道具をかき集めだした。思い立ったら即行動の気質の持ち主らしい。<br />「待ちなさい。そんなやり方では救われない。真実はいずれわかる時が来る。それまではただ耐えなければいけないのだ」永倉が手を掴んで遮った。遠山はそれを心配そうな目で見ている。<br />「・・・俺には不思議なんだ」間島は急に落ち着くと、部屋をゆっくり歩き回りながらつぶやいた。<br />「あんたらは世界のルールが見えているくせに、そのことを一向に役立てようとしねえ。壁が見えているんだったら、見えている人が壁を壊すのが使命なんだよ。何か新しいものを組み立てるには、その前にあるものを破壊しなきゃいけないのは道理だ。体制と戦っても勝てないと思わせることがやつらの穏便に大衆を支配する便利な手口だってのは、今までの経験からわかってるんだ。この中にまだ心が死んでねえやつはいないのか？」そこまで言うと彼は周囲を見回したが、しばらくすると諦めて出口へ向かおうとした。すると部屋の隅にいたシュンがそれに合わせて飛び出した。<br />「ここにいても歌になんない日々を過ごすだけだぜ。そっちの方が楽しそうだ」こう言うと二人とも出て行ってしまった。永倉はそれを追っていき、部屋には二人だけが取り残された。遠山が口を開いた。<br />「ほんと、こっちの世界ではこんなことばっかりね。あなたは何がきっかけで『うしろの世界』に呼ばれたの？」そう聞かれたので前日までの経緯を話した。その後に彼女自身のことを教えてくれた。なんでも、長年付き合っていた彼に別れを告げられ、茫然自失だったところにあちら側から声がかかったらしい。<br />「繰り返しを知らされるまではまだ次があると思ってたんだけれど、残ってるのは<span style="color:#FF0000;">あと３日</span>よ？無理に決まってるじゃない。そうするとわたしの人生、１日目のあの悲しみしかないの。わたしってなんて可哀想な人なんだと思わない？」そう言った彼女の目は弱々しいが奥へ引き込まれる深さを湛えており、同情を誘うようだった。そこへ、永倉が静かな足取りで帰ってきた。<br />「彼らを止めることはできなかったよ。もはや私に同調してくれるのは君らだけのようだね・・・」彼はソファーに腰掛けると、ゆっくり話し出した。<br />「私の知識を伝えよう。『うしろの世界』に気付いたのはわれわれだけではない。はるかな昔から、現世を儚んだ数多くの人がそんな世界を夢見た」ここでその「昔」が存在したことが不思議になったので質問すると、現在目の前になくわれわれの記憶の中にある世界のことだと答えが返ってきた。恐竜も、アトランティスも、アポロ計画も、確からしさが違うだけで同様に過去として語られる出来事である。それらや先週までの行為がみんな作られたおとぎ話だったとしても問題はない、逆にこの世界でも記憶の中には過去は存在すると永倉は答えた。<br />「そうしてあまたの人によって考え出されたのが天国や、理想郷と呼ばれるものだ。さらに、ある宗教では万物は死ぬと転生して、永遠に生を繰り返すことになっている。どうだね、この世界とよく似ている考えだと思わないか？」残り二人は無言で頷いた。彼は続けた。<br />「彼らの考え出した思想はどんなパラダイムにおいてもこの世界の本質を見通している。それによると、そういった無限の繰り返しは苦である。どこまで行っても飢え、渇くばかりで満足することがないからだ。たとえ満足を勝ち取ってもまた他に欲しい物が現れ、その欲に追われ続けることになる。そんな苦役に抗うには、欲望を否定する他はない。そしてそのあらゆる欲望の根源が、『生きていたい』という意志なのだ。これがあることによって最初の渇が生まれ、その渇が次の渇を呼ぶ」彼は感情の薄い声でこれを語り、その教えをまさに身を持って実践しているかのようだった。<br />「われわれが『うしろの世界』に近づいているのはこの生きる意志を否定していることの表れであって、もはやこの世界で喜ぶことも悲しむこともなくなった時、完全に『うしろの世界』の住人となれるのだ」ここまで話すと彼は一息入れたので、静かに聞いていた遠山が、ここで疑問を差し挟んだ。<br />「そんな、わたしは喜ぶことはほとんどないけど、悲しみを感じなくすることはできないし、今でもまた楽しかったころに戻りたいと思っているんです。それじゃいけないのですか？」<br />「駄目だ。悲しみを無くすには、喜びをも刈らなければいけない」彼は首を振って答えた。<br />「でもそのためにはどうすればいいんですか？どんなに頭で考えても感覚は嘘をつけないから嫌なものを見たら嫌と思ってしまうし、可愛いもの、楽しいものを好きだと思う気持ちは無くせないの」それを聞いた遠山は声を高くして、必死になって尋ねた。<br />「君のその感情は肉体に由来するものであって、真実は肉体を超えたところにあるんだ。そのためには意志を否定し、見ず、欲しがらず、諦めなくてはならない」そこでそう言う根拠について尋ねてみると彼は、<br />「私は自分自身で感じるんだ。私は君たちよりもずっと多く、果てしない回数これを繰り返していることを。そうしてゆっくりと、繰り返しを否定する方法に近づいていったんだと思う。その結果として、不思議と以前の『うしろの世界』を推定した人の気持ちもわかるし、そのような世界に惹かれていった人たちは皆、私のような状態に最終的にたどり着いていたようなのだ」彼の答えは力強く自信に満ちていた。<br />「まあ焦ることはないさ。もう少し終わりが近づけば、ヒントを示すことができるだろう」永倉はお茶を入れ直しに席を立った。彼女はというと一瞬なにやらつぶやいていたが、すぐに黙ってしまった。<br />　しばらくの沈黙のあと、他愛もない話が続けて起こったが、ある時点で遠山が一言礼を言うと荷物を持って、玄関へ向かって歩き出した。そろそろ帰るころだと思っていたので、それに合わせて部屋を出ることにした。永倉は良かったら明日も来てくれ、そろそろ決着をつけねばならないだろうとだけ言い、玄関先で彼と別れた。<br />　何となく彼女と話してみたかったので辺りを探すと、遠山はエレベーターの奥にある階段を下りている最中だったので走って追いついた。彼女は以前エレベーターに閉じ込められたことがあって以来好きになれなくて、と少しだけ笑うと、すぐ陰鬱な顔になって話し始めた。<br />「今の聞いたでしょ？どうもわたしを阻んでいる最大の壁はそれなの。わたしは自分が不幸に思えてしょうがないのよ」彼女の固い靴音が階段に響いていた。<br />「昨日永倉さんに言われたわ。不幸というのはそう感じる心があって初めて存在するもので、感じるだけ損をしているんだって」そうなんでしょう、と答えると彼女は下りる速度に合わせるかのようにテンポを早めて話した。<br />「彼はこうも言った。確かに神がカードを配り間違えて、不利なものばかり押し付けられてしまった人も存在する。そういう人たちは手札を見ず、これ以上カードを引かないようにするしかないだろう、って」彼女は続けた。<br />「でもわたしにはそれはできないの。引き続けていれば、いつかはいいことがやってくるんじゃないかと考えてしまう。それが新たな苦しみの種だとわかっていながらね。永倉さんは、わたし達は似ている、だからきっと君も同じようになれるよ、と言ってくれたけど、残念ながら無理だと思う。わたしは人間が好きだし、わたしにはこの世界は輝きすぎているの」そう言うと遠山は踊り場で足を止め、空を見やった。その視線の先には宵の明星が明るく夕空に浮かんでいた。地面の傾きは治まっており、星は大気によってまたたいていた。<br />「あの金星が見える？素晴らしいじゃない。誰だってもう一度見たいと思うはず。それなのにこれが、これが最後かもしれない・・・」彼女は手すりに腕を乗せると背を向けたまま、しばらく見ているので先に帰ってくれないかと言った。だいぶ夜の寒気が強まってきていたが、彼女を残して一人階段を下りていった。<br />　一階に下りたところで見上げると、人影はまだ踊り場から顔を出しており、そのはるか上ではさっきと同じ星が何よりも強い光を放っていた。<br />　そのまましばらくは歩いて帰宅したが、今日もお呼びはかからなかったようだ。その理由はわかっている。この数日で何かが変化している。いろいろな人がいて、それぞれが何かと闘っている。ひたすら逃げている人もいるが、それも闘いなのかもしれない。<br />　残りの日数は半分となった。

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<title>うしろの世界を見たいなら １～２日目</title>
<description>頭の中にある発想を、話にまとめてみたものです。さすがに長いので、内容は以下に。</description>
<dc:subject>短編小説</dc:subject>
<dc:creator>あしがる</dc:creator>
<dc:date>2008-12-21T17:17:39+09:00</dc:date>
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頭の中にある発想を、話にまとめてみたものです。<br /><br />さすがに長いので、内容は以下に。<br /><br /><a name="more"></a><strong>「うしろの世界を見たいなら」</strong><br /><br /><strong>最初の朝</strong><br /><br />　窓から外を眺めると、はるか遠くで新たな光が生まれ、世界を満たしていくのが見える。<br />　夜明けだ。一日の始まりである。この手記はできる限り、日に二回、朝と夜に綴ることにしよう。そうすれば、朝立てた目標を達成できたかどうか確認でき、一日を有意義に過ごせるというものだ。<br />　そう、有意義。これこそが求めてやまないものであり、この日記をつけることとなったきっかけでもある。この退屈で軽蔑すべき世界に生きていくことに、何か意味はあるのだろうか？いっそ一足先におさらばすべきではないだろうか？<br />　そう結論を出す前に、しばらくは観察と、試行を続けてみよう。そんな思いつきで、こうやって行動を記録することにしてみたのだ。「幸福な人は日記をつけない」というある人物の言葉も、今では背中を押す動力だ。今日から始まることについては（別に始まるのに理由がなければいけないとは思わないが）きっかけが一つあることもついでに書いておこう。<br />　つい数分前のことだが、目の前の本棚の上から二段目、右から三冊目に見慣れない本が入っているのに気づいた。手にとってみるとカバーもタイトルもなく、何年も読み込まれてきたように手垢がつき、日焼けしており、ぱらぱらとめくってみても中は白紙で、ただ最後のページにこう手書きで書いてあるだけだった。<br />「それでも、すべての喜びは永遠を願う<br />　深き、深き永遠を願う<br />　以前のお前から次のお前へ」<br />　しかも不思議なことに、そのミミズが集まって運動会をしているような字は、紛れもなく自分のものなのだ。もしかしたら昔買った日記帳か何かを存在を忘れていただけかもしれない。しかしそうやって「忘れた」で片付けられない何かがあるような気がして、この本を使って日記をつけることにしたのである。<br />　そろそろ出かける準備をしなければならない。テレビのニュースをつけると、遠くの光景が映し出される。毎日どこかで人が死んでいても何の実感もわかない。なぜならそれが日常と化してしまっているからだ。それだけではない。Aというものがブームになっていてもいずれ終わり、何の変化ももたらさない。音楽も季節ごとに流行って、廃れる。果たしてそれでいいのだろうか。<br />　「これは新しい」と言えるものが存在するだろうか。今あるものは前の時代からあったもので、ただわれわれが繰り返しを忘れてしまっただけなのではないか？<br />　そんな苛立ちに襲われながらテレビを消し、音楽をかける。<br />「Nothing changes cause it's all the same, the world you get's the one you give away, it all just happens again...」<br />　嘆くことはない。まだ始まったばかりだ。今日は何か面白いことが待っているような気がする。<br /><br /><strong>最初の夜</strong><br /><br />　・・・落ち着いて書こう。どうやら、朝の予感は間違いではなかったようだ。とはいえ、全体としては退屈な一日だった。知性の閃きも人間の個性も必要としない仕事を淡々とこなし、周りの人とは適度に話を合わせ、笑う。彼らはどうしてこうも同じような毎日に楽しみを見出せるのかが不思議なほどだ。<br />　帰り道、線路の高架に沿って一人歩いていると、突然の雨。傘など持って出たこともないので濡れながら、考え事をしていた。今日一日、何か有意義なことは見つかったのか？どうしてこうも無為に時間は過ぎていくのだろうか。何かやらなければいけないことがある気がするのに、それが見つからない。力はあるのに、人生が浪費されている。この焦りはどこから来るのか？<br />「教えてあげるよ」背後から声がした。振り向いても誰もいない。<br />「その苦しみの意味を」子供の声だ。辺りを見回すが人気の無い公園があるのみだ。<br />「ぼくはきみの後ろにいるよ」三度目に振り向いたとき、そこは夜の街ではなかった。<br />　・・・そこは光に照らされたオフィスのような小部屋で、中央には大きな机があり、その向こうに見える椅子に、小学生くらいの男の子が座っていた。彼は縦じまの入った白いワイシャツの上に黒いタキシードを着ており、椅子の大きさをもてあましているようだった。そうして、先ほど聞いた声で話しかけてきた。<br />「また会ったね、と言ってもわからないだろうけど。きみが苦しむのは、資格があるからなんだ」その話し方は落ち着いており、見た目とのギャップと相まって周囲が息を呑むような雰囲気を発していた。何の資格かと尋ねるといずれわかるよ、と穏やかに笑い、すべてを変えた次の言葉をさらっと言った。<br />「とにかく、この世界は<span style="color:#FF0000;">あと６日</span>で終わるから、せいぜい頑張ることだね」<br />　世界が終わる。そんなことを誰が信じるだろう。ましてや子供が言うことだ。しかし、これは理解しかねるだろうが、一度「見て」しまうともはや今まであった常識は常識ではなくなり、その後どんな不思議なことにも違和感を抱かないものだ。この時はそんな気持ちで、ただ何をすればよいのかを必死に尋ねた。<br />「ばっかだなあー。そんなこと人に言われて見つけることじゃないでしょ？兄ちゃんの人生は何のためにあるかなんてさ。そんなんじゃ今回も何も変わらないよ？」彼はおおげさな身振りで椅子の上で頭を左右に振りながら言った。そして机をばんばん叩きながら「時間がもったいないからもうおしまい。じゃあね」と言い放つと、立ち上がって椅子の後ろにあったドアから出て行ってしまった。<br />　追いかけても無駄そうなので振り向き、入り口と思われるドアを開ける。くぐる刹那、再び背後から声がした。<br />「うしろの世界、本当の世界はいつもきみを呼んでいるよ」<br />　それからはどうやって帰ったかはわからないが、こうやって家までたどり着いたというわけだ。<br />　・・・それにしてもあと６日だとは。それが真実だとしたら一週間後には何が起こるのか？自分はどこにいるのか？<br />　もちろんさっきのは単なる夢のようなもので、世界が終わるなんてありえないことかもしれない。そうだとしても、せっかくこんな刺激的な事態に出くわしたんだ、一週間だけはこの芝居に付き合ってみることにしようじゃないか。<br />　今日はもう疲れたし、明日も早いので書くのはここらでやめておこう。また明日考えてみるつもりだ。<br /><br /><strong>２日目の朝</strong><br /><br />　こうやって目にする光はいつもと同じはずだが、心を通して見る光景は到底同じではない。何せ、あと６回しか見られないのだから。親しい友人が急に、お前とはあと６回しか会えないと言ってきたときを想像してみてほしい。今はそんな気持ちだ。<br />　昨日の出来事は世界を急に変えた。目に見えない焦りは具体的なものとなり、走り出すことを余儀なくされたわけだ。<br />　とりあえず今の段階でできることは、昨日あの子供に言われたことについて検討してみることだ。いくつか書き出してみよう。<br />1.彼は何者か？<br />　これに関しては書くのも恥ずかしいようなことだが、神とか悪魔とか、そういうものではないだろうか？あの感じは尋常のものではなかったし、何か舞台監督ができあがったステージを眺めているような落ち着きようがそこにはあった。<br />2.彼は世界が終わると言ったが、なぜそれを知っているのか？<br />　これも彼が支配者とか、そういう類のものなら納得がいくことである。自分で終わらせるから、そのことを知っているというわけだ。<br />3.何をすべきか？<br />　このことを知っているからには、何かできることがあるはずだ。それが彼の言っていた「資格」というやつなのかもしれない。この世界のしくみに干渉する資格、ということだ。さし当たってすべきことはあの場所に再び赴いて、もっと情報を得ることだろう。一度行けたのだから、もう一度行けないこともないはずだ。<br />　そろそろ出かける時間だが、今日の目標は残された時間を後悔のないように使う、ということでいいだろう。ちなみに途中でも書けるようにこの本は持っていこう。<br /><br /><strong>殴り書き：昼</strong><br /><br />　信じられないようなことが続く。たった今、昼の１２時ちょうどに、どこからか教会にあるような鐘の音が聴こえた。ゴーンゴーンとただ鳴るだけのやつで、どうやら周りには聴こえていないらしい。その瞬間、世界が姿を変えた。空や地面に亀裂が入り、一部が欠け落ちて消滅した。その跡からは真っ黒な虚無が覗いている。視界のわずかがそうなるだけなので生活に支障はないが、気味が悪いものだ。世界が終わるというのは、いよいよ本当の事らしい。<br /><br /><strong>２日目の夜</strong><br /><br />　最悪だ。昨日の段階ではショックとか変化とか言っていたが、今日待ち受けていた革新はその比ではなかった。世界が終わるよりも最悪なのは、それが終わらないことだ。<br />　今日はあいにくグループで仕上げなければならない仕事があり、自由な時間がほとんど取れなかった。なおかつその後にも打ち上げという形で飲み会が行われ、流れ上参加しないわけにはいかない空気だった。いや、同じ時間に昨日の場所を調査に行きたいので二時間で切り上げるつもりだったんだ。<br />　時間はどんどん過ぎていった。会話は活発に行われていたが、タキシードの子供のこと、正午の鐘のことなどが気がかりでそれどころではない気分だった。かといってこの場で話しても冗談と相手にされないか、頭がおかしな人間だと思われるかのどちらかだ。<br />　飲み会が行われていたレストランバーの天井付近にもやはり欠落があり、世界の向こう側が顔を見せていた。その一点がどうしても気になって猫のように注視していると、いつしか周囲が何の話題なのか見当もつかなくなっており、時間が経てば経つほど会話に参加しづらくなっていった。<br />　それからしばらく過ぎた。するとテーブルの反対側から笑い声が聞こえ、どうやらそれは自分のこの状態を酔って意識が朦朧としているのだと受け取り、それを噂して楽しんでいるようだった。人間、相手がその場にいなかったり聞こえない状況だと思うと平気で誰かを嘲笑するような事をするものだ。その笑いはテーブル全体に広がり、果ては店中の人間から指差して笑われているような感覚に陥った。<br />　ダメだ。こいつらはダメだ。こんな場所にいるのはもうたくさんだ！どこか、どこか別の世界が呼んでいる！<br />　吐き気がするような失望と軽蔑、嫌気に身体が満たされた時、目前の世界が光速で彼方へ飛び去るような感覚に襲われ、目の前には真っ白なドアが現れた。あの部屋だ。<br />　どうやらすでに部屋の中にいるらしかった。振り返ると以前と同じ調度品のまま、昨日とは姿の違う部屋の主が座っていた。<br />「昨日の今日で会うとは思わなかったな。なかなかあんたも極端な状況だな」そう言って顔を上げた姿は、高校生くらいの青年だった。服も顔つきも昨日と同じ。人並みにでかいわりには、身振り手振りは昨日の子供よりもさらに活発だった。彼はその部屋で食事中で、ステーキとパンをナイフとフォークを使っておいしそうに食べていた。<br />「やっぱり食事ってのは最大の楽しみだね。あんたもどうだい？おや、そんなことよりも聞きたいことがあるって顔だね。はは、いいよいいよ。食いながらでよければ答えてやるよ」こうして２日目の問答が始まった。早速さまざまな質問をぶつけてみることにした。<br />　世界を壊して終わらせようとしているのはあなたなのか、そうだとすれば何でそんなことをするのか？それに対しては別の形で答えが返ってきた。<br />「ははは。自分でこのすっごく大事な世界を壊したりはしねえよ。これは勝手にダメになっていってるの。崩壊の時報が鳴るのを聴いたんだな？あれが鳴るたびにちょっとずつ世界は老いていくのさ」どうやら昼時のあの出来事のことを言っているらしい。<br />「そんでもって、俺がやってるのはむしろ逆。直すの。７日目に来たらもう滅茶苦茶だから、１日目に戻す。そしたらまた悪くなっていくからまた戻す。永遠にその繰り返し」彼はナイフの先でくるくると輪を作りながらそれを説明した。<br />「つまり・・・この世界は７日でループしてるんだぜ。どう？びっくりした？」<br />　世界が終わった後にまた始まるなんて、そんな馬鹿なことがあってたまるだろうか。歴史ってものがあるんだし、昨日以前の記憶だってこのとおり確かに・・・と問いただすと、<br />「ホントにそれって真実かい？自分が見てないもの、生まれる以前のものは人が言うから信じてるだけじゃねえの？それと同じで、十秒前に起こった出来事が本当に起こなんてのはみんなの記憶の中にしかないわけだから、それが確かに存在するなんて誰にも言えないわけさ。過去ってのはあんたが思い出す中だけにおいての話なの。ってことは、もし記憶をどうにかできちゃえば過去は自由に創れちゃうわけ。わかった？」<br />あまりによどみなく続く説明に言葉を接ぐこともできなかった。彼はステーキを一切れ口に放り込むとさらに続けた。<br />「ついでに言うけど、世界が繰り返すってのはごく当たり前のことだって。でかい規模で考えればビッグバンの前には宇宙の終わりがあったんじゃって言われてるし、季節だって、月だって干支だって巡ってくるだろ？年なんか、いちいち数えてるから続いてるように見えるけど数えるのやめちまったら毎年同じにしか見えないはずさ。連続を証明してるのは動物、植物、鉱物、この世に存在している物体だけ。それを元に戻してしまえば時間はいくらでも巻き戻るってわけだ」ここで彼は食べるために小休止した。ナイフとフォークをかちゃかちゃいわせる音だけがその場を支配していた。<br />「反論もできないようだな。ついでに言うと、あんたは前回も、前々回も、もう永遠と思われる回数この場所に来て、同じ質問をしてるんだよ。その反応も一緒。何も変えられちゃいない。ここにあるのは一本の決して壊れない鎖。悲しいけれど真実の、聞いたことのある物語。残るは<span style="color:#FF0000;">あと５日</span>。それでもあんたは抵抗するというのかい？」<br />　最後のパンで皿の上のソースを拭い去り、それを口に放り込んで食事を終わると彼は立ち上がり、もう十分だろう、と言って部屋を出て行った。一瞬こちらを振り返ってじゃあな、と手を振るのが見えた。<br />　あとは書くまでもないだろう。こちらへ帰ってきたらもう帰路の電車の中で、なんとかしてここまでたどり着いたというわけだ。どうやってあの店から出てきたのか、それはどうでもいいことだ。<br />　・・・何だか全身に重りをつけているかのような疲労感がある。今日はもう休もう。そう考えるまでもなく意識は消えかかっている。<br />今日が終わる・・・

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<title>まぬけのウィルソンのカレンダー：１２月の２</title>
<description>この目には日ごとに世界の支柱が剥がれ落ちていっているように見えるのだが、悲観論や終末思想に伍すのは望むところではないのであまり言うのはやめておこう。だがとりあえず、個々人の修理をこの際すべきではないか？４１苦しみのあした。――夜に絶望しているよりも、朝目覚めたときにどん底にある場合の方が憂慮すべき事態だ、といえる。どんな状況にあろうとも眠りは慰めを与えてくれるものであって、起きている世界が生き地獄の時は眠りが唯一の逃げ場となる。そうしてほとんどの苦痛は明日にはリセットされてい...</description>
<dc:subject>まぬけのウィルソンのカレンダー</dc:subject>
<dc:creator>あしがる</dc:creator>
<dc:date>2008-12-11T14:55:48+09:00</dc:date>
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この目には日ごとに世界の支柱が剥がれ落ちていっているように見えるのだが、悲観論や終末思想に伍すのは望むところではないのであまり言うのはやめておこう。だがとりあえず、個々人の修理をこの際すべきではないか？<br /><br />４１<br /><strong>苦しみのあした。</strong>――夜に絶望しているよりも、朝目覚めたときにどん底にある場合の方が憂慮すべき事態だ、といえる。どんな状況にあろうとも眠りは慰めを与えてくれるものであって、起きている世界が生き地獄の時は眠りが唯一の逃げ場となる。そうしてほとんどの苦痛は明日にはリセットされているはずなのだが、その処理能力が追い付かない場合朝にまで影響が表れてしまうのである。朝、最も気分の良い状態でこの程度かと実感するときの虚無感はいかほどのものだろう！メトロノームのある歌もこれを表現している。「朝が来てまた目が覚めた　瞬間に僕はうんざりした　一人きり歩いてくには　長すぎる夢世界だから」<br /><br />４２<br /><strong>最初の女がもたらしたもの。</strong>――不幸というものの起源、パンドラの箱に対する非常に筋の通った解釈は『ヘラクレスの栄光Ⅳ』でゼウスが語る言葉にある。それによると、かつて人間は苦しみのない世界に住んでいたのだがそれに感謝することを忘れ、驕りたかぶるようになっていた。そこで幸せというものを噛みしめることができるよう、その反対物を世に遣わせたのである。彼の言う通り不幸は何もない日常が幸せなんだという感覚を教えてくれる点において有益だが、残念ながらそのバランスがいつもとれているわけでなく運命を配り間違えることもある。確率論はどんな不幸でも人に振りかかりうることを証明している。コインを投げて20回連続で裏が出ることもいつか誰かには起こるのである。そして悪いことのあとにいいことが来るとは限らないのも確率の導き出す通りだ。不幸に遇った時、その埋め合わせの幸運が来ないからといってめげてはいけない。<br /><br />４３<br /><strong>現代のタブー。</strong>――現在見られる宗教的な絶対物の最たるものといえば、国旗が挙げられるだろう。あれほど無闇に神聖なものはない。手軽に作れる上に、冒涜するのも簡単である。ここで大事なのは、それは生まれた時から国旗になるのを運命づけられているわけではなく、単なる布がある条件を備えた時に絶対のものになるということだ。リビアでは緑の布を踏むことすら禁忌かもしれない。<br /><br />４４<br /><strong>手品の功績。</strong>――手品ほど、科学の発展に寄与したものはない。それの中身よりも、その概念がである。手品があるからこそ、不思議なものを見た時にこれは手品かもと疑うことができるのである。インチキとか、詐欺とか、そういう言葉の存在によって受ける恩恵はどんなに大きいだろう。不正の存在を知らない人は実に騙されやすい。<br /><br />４５<br /><strong>器用さこそ重要。</strong>――優しさとか強さではなく、精神的な器用さこそ最も重視されるべき人間の能力である。それはつまりバランス感覚であって、世界の中心、あらゆる人間に適度にシンクロできる位置にいるのが最高の器用さとなる。左利きの平均寿命が短いとしたらそれは不器用さのせいだが、精神の不器用は自殺に繋がる。遺書に「器用さが足りなかった」と嘆く類のものがあってもおかしくないのに見かけないのはどうしてだろう。<br /><br />４６<br /><strong>心の余裕。</strong>――軽蔑ですら、ある程度しっかりした足場がないとできない。崖っぷちにいる人間は、ひとまず崖のない方へ踏み出さねばならない。<br /><br />４７<br /><strong>目的と手段。</strong>――カントが得意な手法だが、目的と手段について考えることは一つの見方である。一般的にその役割を交換することで新たな試みが可能となる。例えば映画は楽しむため、映画そのもののために観るから本来は目的だが、映画の成立背景や表れる文化的特徴を分析するときは手段として使っている。その場合、本当にそれが好きな人は手段として使われるのを嫌う傾向にある。音楽をムードを盛り上げるのに使う、などは手段でしか使ってないのだ。逆に、手段を目的として考えるある種の錯誤から生まれた新要素もある。スポーツのいくつか、徒競走やウェイトリフティングなんてまさにこれで、あまりに走ったり持ち上げたりが好きな人がそれを目的化してしまったのだ。同様に考えれば、新たなスポーツや芸術が作れるだろう。エレベーターは手段ではない目的だ、と主張する人が現れたら何が生まれるだろうか？<br /><br />４８<br /><strong>映画の必要とされない時代。</strong>――ツタヤのビデオコーナーを見ていて気づいたのだが、いつの間にか海外ドラマが半分を占めるまでになっている。新作の宣伝もやたらドラマばかりなのは感じるところだろう。このブームが一時的なものなのか、本当の映画の危機なのかはわからないが、何より恐ろしいのは映像文化の先導者たるツタヤがこの大改革をわずか数年のうちに行ってしまったことである。それは彼らが映画なんかなくても別に問題ないじゃん、と気づいたことを意味する。そう、すでに映画の必要性は薄れ、代わりのものが来れば退場できる状態にあったのだ。人はいらないものでも捨てる機会がないと捨てはしない。大掃除の時に初めて、これはいらなかったんだとわかるのである。<br /><br />４９<br /><strong>本当の隣人愛。</strong>――この機会にキリスト教の教えについて学んでおこう。彼らの言う隣人愛とは、隣人をいたわることではない。知り合いや家族に親切にするのは誰でもやることだ。イエスの考えはそんなに浅いものではなく、よきサマリア人の話を慎重に読むと理想的な隣人愛とは見知らぬ人をも隣人として大事にすることだというのがわかるだろう。そうなると、実践は確かに難しい。これの偽物ならこの時期溢れていそうだが。<br /><br />５０<br /><strong>科学という信仰。</strong>――百年前ならともかく、今の時代では宗教を叩くよりも科学に警鐘を鳴らす方が必要のようだ。科学は磐石なように見えるが、結局は信念の上に成り立っているものなのである。一例を挙げよう。およそ確実なものに見える数学にはどんな信仰があるか。それは数が数えられるという仮定であり、つまり同じものが世界に二つと存在すると思っている点で嘘をついているのである。あのリンゴとこのリンゴが同じことはあり得ないし、たくさんのリンゴを箱に詰めれば二回とも同じように入ることはあり得ない。数学は現実を分析しているようで、本当のところ点は大きさがないだとか人が同じ速度で歩き続けられるだとかの条件を設定した仮想世界を創っているわけで、その点絵画と変わらない。違うのは用途だけだ。そして現代はそんなよくできた宗教のもとに成り立っているので安定して見えるが、それは今後覆りうるし、全く別のものが前提の世界も存在することはできるのだ。<a name="more"></a>

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<item rdf:about="http://keik-vom-leiermann.seesaa.net/article/110651928.html">
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<title>まぬけのウィルソンのカレンダー：１２月</title>
<description>山の上の空気は薄く、澄んでいる。あまりに澄んでいるからビンに詰めて他の人に吸わせてやりたいくらいだ。３１１２月。――ほとんどの人は意識しないだろうが、この月は人間が自分の更新を行わなければならない定めにある。この月のさまざまな行事はすべて誕生に関係している。８日、お釈迦様の誕生日（気の毒なほと知られていない）。冬至、太陽の誕生日(この日以降昼が長くなり始めるゆえに)。クリスマス、太陽神ミトラスの誕生日。この日はイエスのものだと思われているがそうでないことはすでに証明されている...</description>
<dc:subject>まぬけのウィルソンのカレンダー</dc:subject>
<dc:creator>あしがる</dc:creator>
<dc:date>2008-12-04T03:11:14+09:00</dc:date>
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山の上の空気は薄く、澄んでいる。あまりに澄んでいるからビンに詰めて他の人に吸わせてやりたいくらいだ。<br /><br />３１<br /><strong>１２月。</strong>――ほとんどの人は意識しないだろうが、この月は人間が<em>自分の更新</em>を行わなければならない定めにある。この月のさまざまな行事はすべて誕生に関係している。８日、お釈迦様の誕生日（気の毒なほと知られていない）。冬至、太陽の誕生日(この日以降昼が長くなり始めるゆえに)。クリスマス、太陽神ミトラスの誕生日。この日はイエスのものだと思われているがそうでないことはすでに証明されている。イエスに関しては知らない。敬老の日にでも生まれたのではないか？そして大晦日、<em>世界の誕生日。</em>ここで一旦世界は終了し、また新たなサイクルが始まるのだ。人間すらもこのしくみを逃れることはできない。人は忘年会というものをして、せっかくの一年をリセットしてまた振り出しから歩き出す。こうした作業はほとんど自動的に行われるがその意義は大きく、更新を行わずに生命を続けるのは困難なことだろう。たいていの場合周囲の社会が更新を手伝ってくれるが、いくばくかの人は<em>手動更新</em>を必要とする。ツタヤのＷカードのように自動更新でいいならどんなに楽だろう！<br /><br />３２<br /><strong>酒宴の役割。</strong>――以前に抱いていた酒の持つ特別な力への幻想が砕かれて以来、結局のところアルコールに人を変える力はないのではないかと思うようになった。飲み会とは人々が集合して非日常を作りだし、日常に溜まったものを消化するシステムであって、酒はその状態に移る契機、口実にすぎないのではないか。酒によって飲み会が始まることが宣言されると人は自ら解放モードに移る。飲み会で盛り上がって陽気に立ち回る人は別に酒の量に比例してそうなるわけではなく、会が始まると直ちに酔うことができるのだ。そうして絶対的に普段と違う状況になることによって日ごろの緊張をほぐし、また苦役の日常に挑むしくみになっている。良くできた仕組みだ。<br /><br />３３<br /><strong>契機としての芸術。</strong>――先ほどの飲み会の場合では、酒は手段であって、気持ちを切り替えるためのスイッチの役割を持つ。そういう場合は酒の種類は関係なく、飲み飽きることもない。確かに世界には多様な酒が存在し、それらを飲み比べたり収集したりと、十分に楽しみを追究できる余地があるのだが、ほとんどの人はそれをせず、ただ契機としてのみ利用している。同様に芸術作品を契機としか考えていない人間も確かに存在する。クラシックを部屋に流してさえいれば自分は聴かなくてもいいと思っている人や、ただ人と会う口実としてのみ美術館や映画に出かける人がいる。これらの何がいけないかといえば、彼らにとって見に行く、聴きに行くことが大事なのであって、中身はどうであろうと、別のものに取り替わろうと関係ないのである。それでは作品を評価することはできず、ひいては芸術の発展に支障をきたすこととなるだろう。この音楽を聴かなければ生きていけないという渇望を味わわずに、どうして聴衆と言えるのか？<br /><br />３４<br /><strong>誕生星。</strong>――以前人間の存在の濃さは人によって違うということを述べたが、それと似たような概念を紹介しよう。誕生星というものがある。これは占星術的なものではなく、情報は光の速さ以上では伝わらないゆえに、自分の存在する情報は年齢分の光年の範囲の外へは絶対に出ていかないという考え方である。つまり五年生きている人は周囲五光年の球の内部にしか存在していない。二倍生きている人はこの世の存在範囲は八倍になるのである。そして、ちょうど自分の誕生を知ることのできる距離にある星を誕生星と呼ぶのである。最も近いαケンタウリには4.3歳の時にはもう誕生が知られるし、22歳だったらみなみのうお座のフォーマルハウトが誕生星となる。そして逆に、22歳の人が見るフォーマルハウトの光はおおざっぱに言って自分の生まれた時の光なのである。ついでに、われわれが死んだ後のことを考えてみよう。今度は内側からドーナツ状に自分のいない空間が広がっていく。そして結局は土星の輪のように薄い膜として人間の存在は無限遠の宇宙へ広がっていくことになるのだろう。そう考えると、「生は死のなかのひとつの形態に過ぎない」という言葉も理解できるのではないだろうか。<br /><br />３５<br /><strong>自己中心的思考。</strong>――自分を世界で最も劣った、誰よりも価値のない人間と思うこともやはりうぬぼれである。<br /><br />３６<br /><strong>心を掴む音楽。</strong>――歌詞が良く聴き取れず、自分の好きなように解釈できるような曲が一番印象深かったりする。ミロのビーナスのようなものかもしれない。<br /><br />３７<br /><strong>新しい道徳。</strong>――もはや血液型によって人間を判断する風潮は日本には定着してしまい、覆せそうもないようだ。そもそも性格を四つに分類すること、性格が一生を通して変わらないと考えることは非常に奇妙なことに思えるのだがそれすら疑わないらしい。もし科学的な根拠が欲しければ、骨髄移植で血液型が変わったら性格も変わるかどうか調べてみればいいのだが。ともかくこれは今や新しい価値判断の仕組みになってしまっている。今われわれは新たな道徳の誕生を目撃しているのかもしれない。これの生半可に科学的なところが、いかにもこの時代を反映しているといえそうである。<br /><br />３８<br /><strong>死んでいる人。</strong>――自殺を試みる人は成功すればもちろん死ぬが、失敗してもその人は周囲によって殺される。この世界はそうした人間にとってあまりにも風当たりが強いところだ。どのみち死ぬのだとしたら、こういったことを考える時点で既にその人物は生きてはいないのではないか？どこで生命が失われてしまったのか？よく「死ぬなんて思いもよらなかった」と言っている人がいるが、もっと重要な精神がどこかで死んでしまったことに気づいていないのに、その後肉体も自然な成り行きで死にゆくことに気づけるわけがない。大事なのは、死につつある精神を見つけ出し、正常な活気を吹きいれてやることだというのに誰もそれをせず、子供のころの教育が悪いとか考える始末である。<br /><br />３９<br /><strong>人類とは？</strong>――今までわれわれは相当数のたとえでもってこの動く骸骨を表現してきたわけだが、そのリストに傑作をまた一つ加えよう。人類は、「惑星にできた吹き出物」だというのだ。ここまで侮蔑的な例はそうもあるまい。しかも、「それが治ってしまった星もある」とも。確かにバックホーンの『惑星メランコリー』を見ると、惑星がこの病気に迷惑している様子が描かれている。昔ならこれは冗談で済んだことだが、今では本当に人類は星に治療されようとしているのかもしれない。そればかりは喜ばしいことではない。<br /><br />４０<br /><strong>セイブジアース。</strong>――この問題はもっと関心を向けられるべきものであるので、ふさわしい取り組み方でこれに向き合わねばなるまい。まず、この地球が人類を造ったのは確かである以上、その生みの親を自由に操縦、保護できるような態度はやめるべきだし、かといってわれわれのものでないことは地球に対して責任がないことを意味しない。図書館の本は個人のものではないが丁寧に扱って、次の人に渡してやる必要があるだろう。さらに、アメリカ全土の空を覆っていたリョコウバトの例があるように、どんな動物だって絶滅しうるわけだから人類も動物である以上、絶滅するわけがないと考えるのはあまりに楽観的すぎる。なんで毎回隕石が落ちてきたわけでもないのに昔の生物のほとんどはいなくなったか、考えてみたことがあるだろうか？最後に、自分は無限の人間のひとりだから何をしても影響はない、と考えるのは算数ができない証拠だ。無限分の一かける無限は一となる。全員がそう考えて行動するとその結果は確実に変化をもたらすのだ。自分の行動が、世界のすべてを動かすと考えてふるまうべきである。<a name="more"></a>

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<title>まぬけのウィルソンのカレンダー：１１月の３</title>
<description>価値を転倒させようとは思わない。ただ斜めから見てみるだけだ。そうするともともと反対方向に傾いているものはすっかり倒れて見えるのである。２１魂の保管方法。――多くの人が無意識に実行していることだが、自分の魂、精神のうちでもっとも大事な部分は非常に傷つきやすい。魂は自分で保持していくと毎日擦り減ってしまう。だから、どこかに魂を預けて保管してもらうと安心して生活することができる。言い方を変えるとこれさえあれば自分は存在している価値がある、というものを外部に作るとよいのだ。その対象は...</description>
<dc:subject>まぬけのウィルソンのカレンダー</dc:subject>
<dc:creator>あしがる</dc:creator>
<dc:date>2008-11-27T01:26:13+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
価値を転倒させようとは思わない。ただ斜めから見てみるだけだ。そうするともともと反対方向に傾いているものはすっかり倒れて見えるのである。<br /><br />２１<br /><strong>魂の保管方法。</strong>――多くの人が無意識に実行していることだが、自分の魂、精神のうちでもっとも大事な部分は非常に傷つきやすい。魂は自分で保持していくと毎日擦り減ってしまう。だから、どこかに魂を預けて保管してもらうと安心して生活することができる。言い方を変えるとこれさえあれば自分は存在している価値がある、というものを外部に作るとよいのだ。その対象は人によってさまざまだが、一つは人間、愛する人や子供である。彼らがいると思うから日々に耐えることができる。他には大きな団体、会社や国家や宗教のためなら何でもするという人もいる。この方法の優れているところは、たとえ保管場所に指定する事物が実際は頼りなく、全人生を預けるに足らないものだったとしても、大事だと思い込むことによって何事にでも魂を移すことができる。そうすると自分の体の中には核となる部分がないので、いくら叩かれても、打ちのめされても、ゾンビのように再び立ち上がることができるのだ。もちろんその大事なものが失われる恐れはあるが、自分のところで日々擦り減っていく魂を目の当たりにするよりはましである。この方法をなんと呼べばいいだろうか？希望を箱にしまって見えない場所に置いておくというところから、パンドラの知恵とでも呼ぼうか。<br /><br />２２<br /><strong>創造力の由来について。</strong>――人に素晴らしい創造をさせるインスピレーションがどこからくるのかについての考えは、大まかに三つの派閥に分類することができる。まずは大多数が信ずるところの、本人からもしくは無からその霊感が降ってわいたという考え。この場合その人物は発想を受け取る才能のようなものを生まれ持っているとされ、それは「天才」と呼ばれる。第二に、前者に比べ実に謙虚な人々が考える、その発想は何か超越した存在が、神がもたらしたものだと考える場合だ。このときその拾得物は啓示という形になり、受け取ることができる人物は今度は「預言者」と呼ばれる。しかし、これら二つは人間に普通でない能力を要求しすぎではないだろうか？「天才」や「預言者」は普通の人間とそんなに違うのか、なにかしるしでもついているのだろうか？そんな疑問に答えるのがマーク＝トウェインが主張する第三の考え方である。それは「人間＝機械説」の一部であって、あらゆる人が創り出す物は今まで外部から受けた影響、得た知識を組み合わせたものにすぎないという発想である。どんな極端な発見をした人間でも、その背景を丹念に調べていけばそれを構成している部品を見出すことができるものだ。この冷徹な考えに従えば先の二つの存在はどちらも幻でしかないということになる。天才も預言者もいない世界に耐えられるのなら、三つ目の派閥を信じてみるといいだろう。<br /><br />２３<br /><strong>リアルと言い張ること。</strong>――かつてジュラシックパークか何かを見た人がこう言った。「恐竜の動きがすごくリアルだった」しかし、良く考えてみるとおかしい。実際に歩き回っている恐竜の姿を誰も見たことがないのにどうしてリアルなのか。これらはリアリティを再現しているから驚くのではなく、インパクトのあるものをリアルと言い張って提示するから現実とのギャップに心動かされるのだ。他の劇作品でもそうであって、ドラマもごく普通の日常を舞台にしているように見せかけておいて、日常では起こり得ないことを美男美女の俳優が演じ、それをリアルだと言ってくるからドキドキするようになっている。自然を模倣するものは、その旗印と違って全然模倣になっていないがゆえに面白みが生ずるのである。<br /><br />２４<br /><strong>意味のあるなし。</strong>――様々な芸術、たとえばある曲の歌詞に対して人々は言う。「これは無意味だ！」だが、意味とは本来あったり無かったりするものではなく解釈する人が付与するものではないだろうか？彼らは単に「私には何も意味を見つけ出すことができなかった」ということを言っているだけなのである。これでは何ら評価の基準とはならない。作品に対する不満はただこうあるべきだ。「これは以前にも見たことがある。次！」<br /><br />２５<br /><strong>死ぬ自由。</strong>――自由がないということは、悪いことばかりではない。たとえば国家や宗教は所属者に対する支配の一環として、自殺を禁止する。これは命を大事にするというよりも単に死ぬことをも制御して、支配者側の望まぬ損失が出ないようにしているのだ。戦争の際を考えるとわかりやすい。「私が指示するまで死ぬな！」というわけである。だが平時にもこの統御は行われ、結果として数知れぬ命を救ってきたことは間違いない。両親の心からの説得にせよ、神の名における一方的な命令にせよ、命を捨てるのをやめるという点は同じなのだ。個人が支配を脱して自由を獲得すると、死ぬ自由も不可避的についてくる。他にも色々な良くない自由はあるが、これが最も重大であろう。自由ということは個人が引けるカードがたくさんあるということだが、だからといって手札が良くなるとは限らない。<br /><br />２６<br /><strong>単純用語の危険。</strong>――様々な分野、業界には専門用語というものがあり、それによって一般人から距離を保っている。そんな専門用語のなかでもいやにわかりやすいものは注意が必要である。古い言葉を例にとると、「プロクルステスの寝台」なんてものはいかにもややこしそうだが実は複雑な意味はなく、自分の尺度に周りを合わせようとするやり方のことを言う。一方近代哲学の「差異と反復」「脱構築」などは親しみやすい外見を持っているがおよそ使いづらい言葉であって、少なくともわれわれが一見して想像する意味とは大幅に違うものだ。違わなかったらわざわざ用語にはならないだろう。これを安易に言って回るのは知ったかぶり以外の何物でもないので気をつけよう。同様にニーチェの「超人」に対してあらゆる法を破ることが許される支配者、のようなものを想像するのはしてはならない勘違いだ。それならまだキン肉マンを想像していた方がマシというものだ。<br /><br />２７<br /><strong>誰も嘘はついていない。</strong>――またもや、古いルールが破壊される。なんと、嘘というものはないのだ！つまり、真実と嘘との間に明白な境界線のようなものは一切存在しないという意味において。なぜなら真実か嘘かは個人個人で判断するものであって、その基準は人によって違うからだ。ある人が青だと言ったものをもう一人が緑だと言う。このとき嘘をついているのはどちらだろうか？もちろん彼ら基準で色を判断しているのだから二人とも自分が真実を言っていると思っているならば両方とも本当なのである。厳密な「嘘」とは発言した本人ですら真実とは信じていないことを指し、そういった嘘がつかれることは現実ではまずない。たとえば気の進まない用事への誘いに対して具合が悪いからといって断るとしよう。受け取った方は当然、風邪などを引いて体調が悪いという意味に取るだろう。それならば誰が見ても嘘である。ところが、発言した側は「この『具合が悪い』というのはその用事のことを考えると気が滅入るということを指しているのだ」と考えている。これは実際の感覚には反していない。つまりこの場合、嘘がつかれたのではなく勘違いを誘発するような発言を意図的にしただけなのだ。もっとわかりやすいケースでは、「自分はかっこいい」と言っている人を嘘つきと証明することはできない。われわれは「嘘はついてはいけません」と教わるが、それは「自分でも信じていないことを言ってもすぐバレて、意味がないからやめましょう」という当たり前の教えにすぎず、感覚に基づいた「嘘のようなもの」を抑止しはしない。社会にはこういった外交手腕が実に多くはびこっているのである。<br /><br />２８<br /><strong>感覚の反映としての世界。</strong>――なぜか会う人会う人がみんな元気がなく、世界が闇に包まれているように思える日がある。「どうしたの」とつい相談に乗りたくなるのだが、そんな時はしばしば相談に乗って欲しいのは自分のほうで、ただ自分のみが闇に包まれているから世界がそう見えるだけだったりする。苦しんでいる人を必死に探している人が一番苦しんでいる、ということがよくある。<br /><br />２９<br /><strong>浪費の絶望。</strong>――「自分が浪費されているのを感じることは、あらゆる感情を超えた或る感情である」という言葉があるが、この或る感情とは思うに濃密な絶望の類ではないだろうか？自分が唯一の存在ではない、他の大勢となんら変わらないと実感することは自尊心をひどく傷つけるものである。シロップもこう歌っている。「誰もお前を気になどしていない　身代わりならうなる程いる　だから心配すんな」９ミリパラベラムも歌っている。「ぼくの代わりだって　きみの代わりだって　掃いて捨てる程いて　問題なく回る」<br /><br />３０<br /><strong>反対物の生成と消滅の仕組み。</strong>――光あるところに影がある、ではないが、プラス、もしくはマイナスの概念はその反対物をも伴って存在しているのであって、どちらかのみを消し去ることは不可能である。暑いと寒い、暗いと明るいのように、およそ量によって何かを判断している形容詞は必ず反対語を必要とする。何かを良いと判断するということは、他のものを悪いと判断することをも意味しているのである。これらの概念はやはり必要によって何もないところから天地創造のように二つに分かたれたのであって、もしこれらを無くしたい場合は逆をやって二つを一つにしてやれば何もなくなってしまうだろう。この世から悪というものを無くすのに成功したら、その時には善も無くなっている。マーク＝トウェインにそもそも良い悪いを判断する道徳さえなければ誰も悪いことはできないのです、というものがあるが、これでは悪を罰する方法としては本末転倒だということがわかるだろう。<a name="more"></a>

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