2009年08月04日

なんとまともなマンガだった『種の起源』

イースト・プレスという団体が出しているマンガ集がある。「まんがで読破」シリーズだ。
このシリーズにはひたすらがっかりさせられてきた。『ドグラ・マグラ』がキチガイ地獄外道祭文がカットされて単なる推理小説になってたり、『悪霊』が脇キャラの魅力が全く感じられなかったりで。原作を読んでいるものは落差が激しく感じられる。
さらにマンガががすでにある作品はやはりそれらに叶わない。永井豪の『神曲』水木しげるの『劇画ヒットラー』は巨匠だけあって名も無き漫画家が書いたものにはさすがに比べ物にならない。手塚版『罪と罰』も問題はあるが読む価値はある。
しか良い点もある。しこのシリーズ、やたらラインナップがマニアックなのである。ドストエフスキーで『悪霊』を取り上げるのがまずすごいし、江戸川乱歩より先に夢野久作というところがやってくれる。
そんなこんなでつい買ってしまうのだった。

そして今回出会ったのがダーウィンの『種の起源』である。これはまだ読んでないがグールドやドーキンスにさんざん教義を教え込まれている。
間違いがあれば即突っ込むつもりで読んでみた。

ところがこれが意外とよくできていた。同シリーズのツァラトゥストラや資本論みたいに変な寓話にすることなしに、ダーウィンの伝記として組み立てられているのだ。
進化論以前の言説も紹介されているし(特にペイリーの時計は重要な概念)、ライエルの斉一説も出てくる。動物のイラストも丁寧だ。
ダーウィンがどんな流れで進化論を組み立てたのかわかるし、「『種の起源』では人間について触れなかった」「出版はものすごく慎重だった」といったような事情も解説されている。
誤解を招きそうな極端な表現もない。これは良著である。

一つ気になったのがラストの英国王立科学研究協会のシーン。反対者として大英博物館のリチャード・オーウェンが挙げられているが、この会の反対者で最も有名なのは主教サミュエル・ウィルバーフォースであろう。
ハクスリーに「あなたは猿が祖先だとおっしゃるが、あなたの猿の祖先は母方ですか、父方ですか」と訪ね、「あなたのような人物を祖先として持つよりは猿のほうがずっとすばらしい」と返されたという有名なエピソードがある。
てっきりこれが出てくるかと思ったのになかった。マンガでは十字架を付けた人物が賛同して拍手しているが、これがウィルバーフォースなら最後まで納得していないはずである。
もっともこの逸話は誇張されたものであることが確かグールドによって述べられていたので、それをも考慮してのことならとてもすごいということになる。

全体的に満足だが、最後の進化論の説明が少し不安を感じる。
まず適者生存という表現。これは危険をはらんだ用語である。なぜなら「適者とは何か」があいまいだからだ。
「生存したものが適者」とすると同語反復になってしまい、これは進化論への批判としてよく持ち出される。
ただ生き残るものとそうでないものがいるというだけであって、適者がどんな条件を備えているかは統計的にしか言うことはできない。
とにかく進化とは@ランダムな変異が存在してAそれがたまたま生存に有利ならばその変異が保存されBその積み重ねで生物の能力が変化するということに他ならない。
さらに気になるのがカンブリア大爆発の説明である。これはグールド的な見方では以前『ワンダフル・ライフ』の解説で述べたようにカンブリア紀の進化が何か特別であったかのように思われているが、ドーキンスによる批判によればそれは現在の種に当てはめるから門や綱レベルで個性的な種(アノマロカリスとか)が沢山出たように見えるのであって、分化の初期段階ではいくらでも独自の生物が造られたのだということが言われている。
マンガでは「現生の生物の基礎設計をもった化石生物が突如出そろった」と言われているが、以前書いた記事にあるようにバージェス頁岩の動物の中で人類の先祖となったのはピカイアのみだろうということになっており、このような話はどこにも述べられていないことである。

進化論はとかく宗教、特にキリスト教と対立をもたらすものである。別に対立する気があるわけではないのに、宗教のほうから喧嘩を売ってくるのだ。この点もしっかりこのマンガでは語られている。
確実に言えるのは、イースト・プレスは(進化とは違う方式で)進歩しているということであり、イースト・プレスが進歩しているのだったら人類にもまだ希望はある、と強引なことを言いたくなるのだった。
次回、たまたま進化論へ反対する議論を発見したのでそれとの対決を試みてみることにする。
posted by あしがる at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 読むという病R | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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