さすがに長いので、内容は以下に。
「うしろの世界を見たいなら」
最初の朝
窓から外を眺めると、はるか遠くで新たな光が生まれ、世界を満たしていくのが見える。
夜明けだ。一日の始まりである。この手記はできる限り、日に二回、朝と夜に綴ることにしよう。そうすれば、朝立てた目標を達成できたかどうか確認でき、一日を有意義に過ごせるというものだ。
そう、有意義。これこそが求めてやまないものであり、この日記をつけることとなったきっかけでもある。この退屈で軽蔑すべき世界に生きていくことに、何か意味はあるのだろうか?いっそ一足先におさらばすべきではないだろうか?
そう結論を出す前に、しばらくは観察と、試行を続けてみよう。そんな思いつきで、こうやって行動を記録することにしてみたのだ。「幸福な人は日記をつけない」というある人物の言葉も、今では背中を押す動力だ。今日から始まることについては(別に始まるのに理由がなければいけないとは思わないが)きっかけが一つあることもついでに書いておこう。
つい数分前のことだが、目の前の本棚の上から二段目、右から三冊目に見慣れない本が入っているのに気づいた。手にとってみるとカバーもタイトルもなく、何年も読み込まれてきたように手垢がつき、日焼けしており、ぱらぱらとめくってみても中は白紙で、ただ最後のページにこう手書きで書いてあるだけだった。
「それでも、すべての喜びは永遠を願う
深き、深き永遠を願う
以前のお前から次のお前へ」
しかも不思議なことに、そのミミズが集まって運動会をしているような字は、紛れもなく自分のものなのだ。もしかしたら昔買った日記帳か何かを存在を忘れていただけかもしれない。しかしそうやって「忘れた」で片付けられない何かがあるような気がして、この本を使って日記をつけることにしたのである。
そろそろ出かける準備をしなければならない。テレビのニュースをつけると、遠くの光景が映し出される。毎日どこかで人が死んでいても何の実感もわかない。なぜならそれが日常と化してしまっているからだ。それだけではない。Aというものがブームになっていてもいずれ終わり、何の変化ももたらさない。音楽も季節ごとに流行って、廃れる。果たしてそれでいいのだろうか。
「これは新しい」と言えるものが存在するだろうか。今あるものは前の時代からあったもので、ただわれわれが繰り返しを忘れてしまっただけなのではないか?
そんな苛立ちに襲われながらテレビを消し、音楽をかける。
「Nothing changes cause it's all the same, the world you get's the one you give away, it all just happens again...」
嘆くことはない。まだ始まったばかりだ。今日は何か面白いことが待っているような気がする。
最初の夜
・・・落ち着いて書こう。どうやら、朝の予感は間違いではなかったようだ。とはいえ、全体としては退屈な一日だった。知性の閃きも人間の個性も必要としない仕事を淡々とこなし、周りの人とは適度に話を合わせ、笑う。彼らはどうしてこうも同じような毎日に楽しみを見出せるのかが不思議なほどだ。
帰り道、線路の高架に沿って一人歩いていると、突然の雨。傘など持って出たこともないので濡れながら、考え事をしていた。今日一日、何か有意義なことは見つかったのか?どうしてこうも無為に時間は過ぎていくのだろうか。何かやらなければいけないことがある気がするのに、それが見つからない。力はあるのに、人生が浪費されている。この焦りはどこから来るのか?
「教えてあげるよ」背後から声がした。振り向いても誰もいない。
「その苦しみの意味を」子供の声だ。辺りを見回すが人気の無い公園があるのみだ。
「ぼくはきみの後ろにいるよ」三度目に振り向いたとき、そこは夜の街ではなかった。
・・・そこは光に照らされたオフィスのような小部屋で、中央には大きな机があり、その向こうに見える椅子に、小学生くらいの男の子が座っていた。彼は縦じまの入った白いワイシャツの上に黒いタキシードを着ており、椅子の大きさをもてあましているようだった。そうして、先ほど聞いた声で話しかけてきた。
「また会ったね、と言ってもわからないだろうけど。きみが苦しむのは、資格があるからなんだ」その話し方は落ち着いており、見た目とのギャップと相まって周囲が息を呑むような雰囲気を発していた。何の資格かと尋ねるといずれわかるよ、と穏やかに笑い、すべてを変えた次の言葉をさらっと言った。
「とにかく、この世界はあと6日で終わるから、せいぜい頑張ることだね」
世界が終わる。そんなことを誰が信じるだろう。ましてや子供が言うことだ。しかし、これは理解しかねるだろうが、一度「見て」しまうともはや今まであった常識は常識ではなくなり、その後どんな不思議なことにも違和感を抱かないものだ。この時はそんな気持ちで、ただ何をすればよいのかを必死に尋ねた。
「ばっかだなあー。そんなこと人に言われて見つけることじゃないでしょ?兄ちゃんの人生は何のためにあるかなんてさ。そんなんじゃ今回も何も変わらないよ?」彼はおおげさな身振りで椅子の上で頭を左右に振りながら言った。そして机をばんばん叩きながら「時間がもったいないからもうおしまい。じゃあね」と言い放つと、立ち上がって椅子の後ろにあったドアから出て行ってしまった。
追いかけても無駄そうなので振り向き、入り口と思われるドアを開ける。くぐる刹那、再び背後から声がした。
「うしろの世界、本当の世界はいつもきみを呼んでいるよ」
それからはどうやって帰ったかはわからないが、こうやって家までたどり着いたというわけだ。
・・・それにしてもあと6日だとは。それが真実だとしたら一週間後には何が起こるのか?自分はどこにいるのか?
もちろんさっきのは単なる夢のようなもので、世界が終わるなんてありえないことかもしれない。そうだとしても、せっかくこんな刺激的な事態に出くわしたんだ、一週間だけはこの芝居に付き合ってみることにしようじゃないか。
今日はもう疲れたし、明日も早いので書くのはここらでやめておこう。また明日考えてみるつもりだ。
2日目の朝
こうやって目にする光はいつもと同じはずだが、心を通して見る光景は到底同じではない。何せ、あと6回しか見られないのだから。親しい友人が急に、お前とはあと6回しか会えないと言ってきたときを想像してみてほしい。今はそんな気持ちだ。
昨日の出来事は世界を急に変えた。目に見えない焦りは具体的なものとなり、走り出すことを余儀なくされたわけだ。
とりあえず今の段階でできることは、昨日あの子供に言われたことについて検討してみることだ。いくつか書き出してみよう。
1.彼は何者か?
これに関しては書くのも恥ずかしいようなことだが、神とか悪魔とか、そういうものではないだろうか?あの感じは尋常のものではなかったし、何か舞台監督ができあがったステージを眺めているような落ち着きようがそこにはあった。
2.彼は世界が終わると言ったが、なぜそれを知っているのか?
これも彼が支配者とか、そういう類のものなら納得がいくことである。自分で終わらせるから、そのことを知っているというわけだ。
3.何をすべきか?
このことを知っているからには、何かできることがあるはずだ。それが彼の言っていた「資格」というやつなのかもしれない。この世界のしくみに干渉する資格、ということだ。さし当たってすべきことはあの場所に再び赴いて、もっと情報を得ることだろう。一度行けたのだから、もう一度行けないこともないはずだ。
そろそろ出かける時間だが、今日の目標は残された時間を後悔のないように使う、ということでいいだろう。ちなみに途中でも書けるようにこの本は持っていこう。
殴り書き:昼
信じられないようなことが続く。たった今、昼の12時ちょうどに、どこからか教会にあるような鐘の音が聴こえた。ゴーンゴーンとただ鳴るだけのやつで、どうやら周りには聴こえていないらしい。その瞬間、世界が姿を変えた。空や地面に亀裂が入り、一部が欠け落ちて消滅した。その跡からは真っ黒な虚無が覗いている。視界のわずかがそうなるだけなので生活に支障はないが、気味が悪いものだ。世界が終わるというのは、いよいよ本当の事らしい。
2日目の夜
最悪だ。昨日の段階ではショックとか変化とか言っていたが、今日待ち受けていた革新はその比ではなかった。世界が終わるよりも最悪なのは、それが終わらないことだ。
今日はあいにくグループで仕上げなければならない仕事があり、自由な時間がほとんど取れなかった。なおかつその後にも打ち上げという形で飲み会が行われ、流れ上参加しないわけにはいかない空気だった。いや、同じ時間に昨日の場所を調査に行きたいので二時間で切り上げるつもりだったんだ。
時間はどんどん過ぎていった。会話は活発に行われていたが、タキシードの子供のこと、正午の鐘のことなどが気がかりでそれどころではない気分だった。かといってこの場で話しても冗談と相手にされないか、頭がおかしな人間だと思われるかのどちらかだ。
飲み会が行われていたレストランバーの天井付近にもやはり欠落があり、世界の向こう側が顔を見せていた。その一点がどうしても気になって猫のように注視していると、いつしか周囲が何の話題なのか見当もつかなくなっており、時間が経てば経つほど会話に参加しづらくなっていった。
それからしばらく過ぎた。するとテーブルの反対側から笑い声が聞こえ、どうやらそれは自分のこの状態を酔って意識が朦朧としているのだと受け取り、それを噂して楽しんでいるようだった。人間、相手がその場にいなかったり聞こえない状況だと思うと平気で誰かを嘲笑するような事をするものだ。その笑いはテーブル全体に広がり、果ては店中の人間から指差して笑われているような感覚に陥った。
ダメだ。こいつらはダメだ。こんな場所にいるのはもうたくさんだ!どこか、どこか別の世界が呼んでいる!
吐き気がするような失望と軽蔑、嫌気に身体が満たされた時、目前の世界が光速で彼方へ飛び去るような感覚に襲われ、目の前には真っ白なドアが現れた。あの部屋だ。
どうやらすでに部屋の中にいるらしかった。振り返ると以前と同じ調度品のまま、昨日とは姿の違う部屋の主が座っていた。
「昨日の今日で会うとは思わなかったな。なかなかあんたも極端な状況だな」そう言って顔を上げた姿は、高校生くらいの青年だった。服も顔つきも昨日と同じ。人並みにでかいわりには、身振り手振りは昨日の子供よりもさらに活発だった。彼はその部屋で食事中で、ステーキとパンをナイフとフォークを使っておいしそうに食べていた。
「やっぱり食事ってのは最大の楽しみだね。あんたもどうだい?おや、そんなことよりも聞きたいことがあるって顔だね。はは、いいよいいよ。食いながらでよければ答えてやるよ」こうして2日目の問答が始まった。早速さまざまな質問をぶつけてみることにした。
世界を壊して終わらせようとしているのはあなたなのか、そうだとすれば何でそんなことをするのか?それに対しては別の形で答えが返ってきた。
「ははは。自分でこのすっごく大事な世界を壊したりはしねえよ。これは勝手にダメになっていってるの。崩壊の時報が鳴るのを聴いたんだな?あれが鳴るたびにちょっとずつ世界は老いていくのさ」どうやら昼時のあの出来事のことを言っているらしい。
「そんでもって、俺がやってるのはむしろ逆。直すの。7日目に来たらもう滅茶苦茶だから、1日目に戻す。そしたらまた悪くなっていくからまた戻す。永遠にその繰り返し」彼はナイフの先でくるくると輪を作りながらそれを説明した。
「つまり・・・この世界は7日でループしてるんだぜ。どう?びっくりした?」
世界が終わった後にまた始まるなんて、そんな馬鹿なことがあってたまるだろうか。歴史ってものがあるんだし、昨日以前の記憶だってこのとおり確かに・・・と問いただすと、
「ホントにそれって真実かい?自分が見てないもの、生まれる以前のものは人が言うから信じてるだけじゃねえの?それと同じで、十秒前に起こった出来事が本当に起こなんてのはみんなの記憶の中にしかないわけだから、それが確かに存在するなんて誰にも言えないわけさ。過去ってのはあんたが思い出す中だけにおいての話なの。ってことは、もし記憶をどうにかできちゃえば過去は自由に創れちゃうわけ。わかった?」
あまりによどみなく続く説明に言葉を接ぐこともできなかった。彼はステーキを一切れ口に放り込むとさらに続けた。
「ついでに言うけど、世界が繰り返すってのはごく当たり前のことだって。でかい規模で考えればビッグバンの前には宇宙の終わりがあったんじゃって言われてるし、季節だって、月だって干支だって巡ってくるだろ?年なんか、いちいち数えてるから続いてるように見えるけど数えるのやめちまったら毎年同じにしか見えないはずさ。連続を証明してるのは動物、植物、鉱物、この世に存在している物体だけ。それを元に戻してしまえば時間はいくらでも巻き戻るってわけだ」ここで彼は食べるために小休止した。ナイフとフォークをかちゃかちゃいわせる音だけがその場を支配していた。
「反論もできないようだな。ついでに言うと、あんたは前回も、前々回も、もう永遠と思われる回数この場所に来て、同じ質問をしてるんだよ。その反応も一緒。何も変えられちゃいない。ここにあるのは一本の決して壊れない鎖。悲しいけれど真実の、聞いたことのある物語。残るはあと5日。それでもあんたは抵抗するというのかい?」
最後のパンで皿の上のソースを拭い去り、それを口に放り込んで食事を終わると彼は立ち上がり、もう十分だろう、と言って部屋を出て行った。一瞬こちらを振り返ってじゃあな、と手を振るのが見えた。
あとは書くまでもないだろう。こちらへ帰ってきたらもう帰路の電車の中で、なんとかしてここまでたどり着いたというわけだ。どうやってあの店から出てきたのか、それはどうでもいいことだ。
・・・何だか全身に重りをつけているかのような疲労感がある。今日はもう休もう。そう考えるまでもなく意識は消えかかっている。
今日が終わる・・・
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