2008年11月27日

まぬけのウィルソンのカレンダー:11月の3

価値を転倒させようとは思わない。ただ斜めから見てみるだけだ。そうするともともと反対方向に傾いているものはすっかり倒れて見えるのである。

21
魂の保管方法。――多くの人が無意識に実行していることだが、自分の魂、精神のうちでもっとも大事な部分は非常に傷つきやすい。魂は自分で保持していくと毎日擦り減ってしまう。だから、どこかに魂を預けて保管してもらうと安心して生活することができる。言い方を変えるとこれさえあれば自分は存在している価値がある、というものを外部に作るとよいのだ。その対象は人によってさまざまだが、一つは人間、愛する人や子供である。彼らがいると思うから日々に耐えることができる。他には大きな団体、会社や国家や宗教のためなら何でもするという人もいる。この方法の優れているところは、たとえ保管場所に指定する事物が実際は頼りなく、全人生を預けるに足らないものだったとしても、大事だと思い込むことによって何事にでも魂を移すことができる。そうすると自分の体の中には核となる部分がないので、いくら叩かれても、打ちのめされても、ゾンビのように再び立ち上がることができるのだ。もちろんその大事なものが失われる恐れはあるが、自分のところで日々擦り減っていく魂を目の当たりにするよりはましである。この方法をなんと呼べばいいだろうか?希望を箱にしまって見えない場所に置いておくというところから、パンドラの知恵とでも呼ぼうか。

22
創造力の由来について。――人に素晴らしい創造をさせるインスピレーションがどこからくるのかについての考えは、大まかに三つの派閥に分類することができる。まずは大多数が信ずるところの、本人からもしくは無からその霊感が降ってわいたという考え。この場合その人物は発想を受け取る才能のようなものを生まれ持っているとされ、それは「天才」と呼ばれる。第二に、前者に比べ実に謙虚な人々が考える、その発想は何か超越した存在が、神がもたらしたものだと考える場合だ。このときその拾得物は啓示という形になり、受け取ることができる人物は今度は「預言者」と呼ばれる。しかし、これら二つは人間に普通でない能力を要求しすぎではないだろうか?「天才」や「預言者」は普通の人間とそんなに違うのか、なにかしるしでもついているのだろうか?そんな疑問に答えるのがマーク=トウェインが主張する第三の考え方である。それは「人間=機械説」の一部であって、あらゆる人が創り出す物は今まで外部から受けた影響、得た知識を組み合わせたものにすぎないという発想である。どんな極端な発見をした人間でも、その背景を丹念に調べていけばそれを構成している部品を見出すことができるものだ。この冷徹な考えに従えば先の二つの存在はどちらも幻でしかないということになる。天才も預言者もいない世界に耐えられるのなら、三つ目の派閥を信じてみるといいだろう。

23
リアルと言い張ること。――かつてジュラシックパークか何かを見た人がこう言った。「恐竜の動きがすごくリアルだった」しかし、良く考えてみるとおかしい。実際に歩き回っている恐竜の姿を誰も見たことがないのにどうしてリアルなのか。これらはリアリティを再現しているから驚くのではなく、インパクトのあるものをリアルと言い張って提示するから現実とのギャップに心動かされるのだ。他の劇作品でもそうであって、ドラマもごく普通の日常を舞台にしているように見せかけておいて、日常では起こり得ないことを美男美女の俳優が演じ、それをリアルだと言ってくるからドキドキするようになっている。自然を模倣するものは、その旗印と違って全然模倣になっていないがゆえに面白みが生ずるのである。

24
意味のあるなし。――様々な芸術、たとえばある曲の歌詞に対して人々は言う。「これは無意味だ!」だが、意味とは本来あったり無かったりするものではなく解釈する人が付与するものではないだろうか?彼らは単に「私には何も意味を見つけ出すことができなかった」ということを言っているだけなのである。これでは何ら評価の基準とはならない。作品に対する不満はただこうあるべきだ。「これは以前にも見たことがある。次!」

25
死ぬ自由。――自由がないということは、悪いことばかりではない。たとえば国家や宗教は所属者に対する支配の一環として、自殺を禁止する。これは命を大事にするというよりも単に死ぬことをも制御して、支配者側の望まぬ損失が出ないようにしているのだ。戦争の際を考えるとわかりやすい。「私が指示するまで死ぬな!」というわけである。だが平時にもこの統御は行われ、結果として数知れぬ命を救ってきたことは間違いない。両親の心からの説得にせよ、神の名における一方的な命令にせよ、命を捨てるのをやめるという点は同じなのだ。個人が支配を脱して自由を獲得すると、死ぬ自由も不可避的についてくる。他にも色々な良くない自由はあるが、これが最も重大であろう。自由ということは個人が引けるカードがたくさんあるということだが、だからといって手札が良くなるとは限らない。

26
単純用語の危険。――様々な分野、業界には専門用語というものがあり、それによって一般人から距離を保っている。そんな専門用語のなかでもいやにわかりやすいものは注意が必要である。古い言葉を例にとると、「プロクルステスの寝台」なんてものはいかにもややこしそうだが実は複雑な意味はなく、自分の尺度に周りを合わせようとするやり方のことを言う。一方近代哲学の「差異と反復」「脱構築」などは親しみやすい外見を持っているがおよそ使いづらい言葉であって、少なくともわれわれが一見して想像する意味とは大幅に違うものだ。違わなかったらわざわざ用語にはならないだろう。これを安易に言って回るのは知ったかぶり以外の何物でもないので気をつけよう。同様にニーチェの「超人」に対してあらゆる法を破ることが許される支配者、のようなものを想像するのはしてはならない勘違いだ。それならまだキン肉マンを想像していた方がマシというものだ。

27
誰も嘘はついていない。――またもや、古いルールが破壊される。なんと、嘘というものはないのだ!つまり、真実と嘘との間に明白な境界線のようなものは一切存在しないという意味において。なぜなら真実か嘘かは個人個人で判断するものであって、その基準は人によって違うからだ。ある人が青だと言ったものをもう一人が緑だと言う。このとき嘘をついているのはどちらだろうか?もちろん彼ら基準で色を判断しているのだから二人とも自分が真実を言っていると思っているならば両方とも本当なのである。厳密な「嘘」とは発言した本人ですら真実とは信じていないことを指し、そういった嘘がつかれることは現実ではまずない。たとえば気の進まない用事への誘いに対して具合が悪いからといって断るとしよう。受け取った方は当然、風邪などを引いて体調が悪いという意味に取るだろう。それならば誰が見ても嘘である。ところが、発言した側は「この『具合が悪い』というのはその用事のことを考えると気が滅入るということを指しているのだ」と考えている。これは実際の感覚には反していない。つまりこの場合、嘘がつかれたのではなく勘違いを誘発するような発言を意図的にしただけなのだ。もっとわかりやすいケースでは、「自分はかっこいい」と言っている人を嘘つきと証明することはできない。われわれは「嘘はついてはいけません」と教わるが、それは「自分でも信じていないことを言ってもすぐバレて、意味がないからやめましょう」という当たり前の教えにすぎず、感覚に基づいた「嘘のようなもの」を抑止しはしない。社会にはこういった外交手腕が実に多くはびこっているのである。

28
感覚の反映としての世界。――なぜか会う人会う人がみんな元気がなく、世界が闇に包まれているように思える日がある。「どうしたの」とつい相談に乗りたくなるのだが、そんな時はしばしば相談に乗って欲しいのは自分のほうで、ただ自分のみが闇に包まれているから世界がそう見えるだけだったりする。苦しんでいる人を必死に探している人が一番苦しんでいる、ということがよくある。

29
浪費の絶望。――「自分が浪費されているのを感じることは、あらゆる感情を超えた或る感情である」という言葉があるが、この或る感情とは思うに濃密な絶望の類ではないだろうか?自分が唯一の存在ではない、他の大勢となんら変わらないと実感することは自尊心をひどく傷つけるものである。シロップもこう歌っている。「誰もお前を気になどしていない 身代わりならうなる程いる だから心配すんな」9ミリパラベラムも歌っている。「ぼくの代わりだって きみの代わりだって 掃いて捨てる程いて 問題なく回る」

30
反対物の生成と消滅の仕組み。――光あるところに影がある、ではないが、プラス、もしくはマイナスの概念はその反対物をも伴って存在しているのであって、どちらかのみを消し去ることは不可能である。暑いと寒い、暗いと明るいのように、およそ量によって何かを判断している形容詞は必ず反対語を必要とする。何かを良いと判断するということは、他のものを悪いと判断することをも意味しているのである。これらの概念はやはり必要によって何もないところから天地創造のように二つに分かたれたのであって、もしこれらを無くしたい場合は逆をやって二つを一つにしてやれば何もなくなってしまうだろう。この世から悪というものを無くすのに成功したら、その時には善も無くなっている。マーク=トウェインにそもそも良い悪いを判断する道徳さえなければ誰も悪いことはできないのです、というものがあるが、これでは悪を罰する方法としては本末転倒だということがわかるだろう。
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